記事を読んで、無償の愛みたいなものを連想しました。
そういう愛情を注げればいいな、と思います。
そういう愛情をもらいたいではなく、そういう愛情を注ぎたいと思っています。
だって、そっちのほうが簡単というか、そっちなら、自分次第でしょ。
麻耶さんの記事だとそういう愛を知ったのが初めてというような書き方だったのですが、個人的には、麻耶さんが麻央さんに注いでいた愛情も無償の愛だったように思います。
「生きていてくれるだけでいい。それだけで嬉しい」
麻央さんが病気になったこと、お亡くなりになったことで、麻耶さんは、とても苦しみ、悲しまれたと思います。
でも、私は、麻耶さんの麻央さんを思う気持ちをとても尊く、愛しく思いました。そして、私がそんな気持ちを知ることができたことに対しても貴重なことだった、有り難いことだったと思っています。
私はやっぱり、麻央さんが亡くなったことを悲しいという言葉で終わらせたくありません。
麻央さんのことをかわいそうな人という言葉だけで語りたくもありません。
早くに亡くなられたことは、とても辛いことだったけれど、麻央さんは、たくさんの人に笑顔を与えてくれた人でもありました。かわいそうと言い続けると、そのことが消え去ってしまいそうで、忘れ去られてしまいそうで、悲しいのです。
だからこそ、亡くなったことが悲しい、それはそうでしょう。でも、そういうことじゃないのです。
結婚。1986年12月生まれ、31歳の私ですが、結婚する前に、色々しないといけないことに気づきました。
これからすること
まずデートのときに着る服を買います。10代の時から患っている日常生活に支障が出る程度の病気を治し、健康になります。あわせて、健康でいられるような生活、環境を整えます。たとえば、部屋の掃除やお料理をします。嫌なことを遠ざけるために、笑顔でいます。辛いことは忘れます。どうにもできないことも忘れます。して欲しいこと、願うことの中で自分に許されそうなことを人に頼みます。自分の持っている器に入らなさそうなものは、頼みません。無理に頼むと痛い目に遭うから。不平・不満を言う前に、今あることに感謝します。
まだまだいっぱいありそうだけれど、とりあえず、ここら辺で。
なんか難しいこと書いたけれど、結婚って、タイミングとかその場の流れとかそういうのもあると思います。
麻耶さん、麻央さんのことで、あんなに悲しいんだんだから、ちょっとぐらいご褒美があってもいいと思います。
麻耶さんのことをよく知っているわけではないのですが、麻耶さんと同い年の生き別れになった姉のいる私は、麻耶さんには幸せになって欲しいです。
勝手な話ですが、ちょっと他人とは思えないんです。