まいどおおきに〜雑感メモでおます
世襲について考えてみた。歌舞伎、能、古典舞踊の多くは世襲制をとっている。
しかし、落語家についてはそうでもない。
桂あやめさんがいろいろ語った中で、こんなくだりがある。
噺家の場合は子に跡を継がそうという人はあまりなく、文枝一門も上から三枝(現・文枝)、きん枝(小文枝)、文珍、文太など、みな一般家庭に育った人間ばかり。
この人の元で落語をやりたい!という志が通じれば誰でも入れる世界だからこそ一門に加えてもらえた。と語っている。
一方、歌舞伎の世界では血筋がものを言う。特別な場合は芸養子の形をとる。どんなに実力があっても市川團十郎の跡継ぎは海老蔵と決まっている。
その点、大衆演劇の場合、兄弟あり、親族ありで必ず実子が跡継ぎとは限らない。
半実力主義だが親族、血族で劇団を固める場合が多い。
しかも、一般に女優さんの立場は弱い。余程の力量がないかぎり活躍の範囲が限られる。
そんな中で、不動倭座長が吉本のNSC(吉本総合芸能学院)のような大衆演劇スクールをつくられたのは画期的な取り組みだ。このスクールから座長が誕生する日が楽しみだ。
現代は、女性が国のトップを占める世の中だ。
もっともっと女優さんの立場が高く位置づけられてもいいのではと想う。
女優さんの活躍こそ、歌舞伎にはない大衆演劇のオリジナルなのだ。
歌舞伎になく、宝塚歌劇にもないもの。それが大衆演劇にあるのだ。
チャンプルイズムが大衆演劇の魅力と私は言い続けている。
女性座長もまだまだ一部だが、以前に比べてフリーの女優さんが増えてきたのは最近の傾向だ。
これからはきっと女優が大衆演劇を変えていく。そんな気がする。
斬新な改革で、大衆演劇が変わるのは今だ・紀州屋良五郎

