〇見てもろておおきに〜まいどおなじみの観劇メモでおます。
〈劇団について〉
昭和42(1967)年、当時4歳の筑紫桃太郎を座長に「歌丸劇団」として海田温泉(広島県)で旗揚げした。その後、北海道を中心に巡業するが、平成2(1990)年に地元の九州へと戻り、「筑紫桃太郎一座」として公演を始める。時代人情劇を中心とした芝居、ショー、口上など、すべてにおいて徹底した分かりやすさと親しみやすさが特徴。また近年では三兄弟である筑紫桃之助、博多家桃太郎、玄海花道の成長著しく、座長・弟座長・花形となり一座の顔となっている。
(雑誌カンゲキより引用)
〇筑紫桃太郎一座 花の三兄弟 予定
5月 梅田呉服座
6月 新開地劇場
7月 明生座
★八尾グランド劇場
5月 たつみ演劇BOX
★メンバー
座長 筑紫桃之助
弟座長 博多家桃太郎
花形 玄海花道
潤平
筑紫まどか
筑紫つばさ
筑紫あい
筑紫れいこ
筑紫勇翔
ビビアンめだか
ほか
☆芝居「三浦屋孫次郎」(60分)
主演 玄海花道
<あらすじ>
笹川の縄張りを荒らしたために報復されたにも関わらず、腹の虫の収まらない飯岡助五郎(筑紫桃太郎)は、
子分の三浦屋孫次郎(玄海花道)に、笹川繁蔵(筑紫桃之助)を闇討ちして来い、と命じる。勘弁してくれと孫次郎は断る。
しかし、孫次郎は7年前旅の途中で病の母と知恵遅れの妹を抱え途方に暮れてた時、笹川繁蔵に助けられた恩があったのだ。
だが助五郎は、親の言うことが聞けねえのか、一回の恩と7年間の恩とどっちが重いんだ、と孫次郎を許さない。
孫次郎は仕方なく笹川繁蔵を待ち伏せし、刀を抜くもそれは形だけで、繁蔵に斬られて自分は死ぬつもりだった。
その様子を見抜いた繁蔵は、訳を聞こうとするが、見届け人として隠れていた成田屋に後ろから刺されてしまう。
とどめを刺そうとする成田を、孫次郎が斬って制し、繁蔵親分7年前の恩を仇で返すようなこととなり申し訳ないと詫びた。
繁蔵は、おめえはあの時の若者か、おっかさんは達者かい、と母の心配までしてくれた。
さらに、俺の首がなければおめえが困るんだろう、なら首をとりな、とまで言ってくれた。
そんなことはできないと躊躇する孫次郎をみて、繁蔵は自ら腹を突き、孫次郎に首をはねさせる。
今わの際で繁蔵は、俺の首を持って行き身のあかしを立てたなら、そのあと首を笹川一家へ届けて欲しい、
と孫次郎に託し絶命した。
孫次郎は、繁蔵の首を持って一家へ戻り、飯岡助五郎(筑紫桃太郎)に見せると、
助五郎は繁蔵の生首にタンを吐き凌辱したうえで、孫次郎、おめえは破門だ盃は水にすると言い渡す。
7年間飯岡に仕えた仕打ちがこれなのかと孫次郎は一家を去る。
そして繁蔵の首を持ち、笹川一家へ届けにいく。笹川一家では、首のない繁蔵の弔いで姐さんや若い衆が悲しみに沈んでいた。
孫次郎は、繁蔵の首を差し出し、笹川一家代貸の勢力富五郎(博多家桃太郎)と対峙する‥
*決めぜりふに拍手の渦が巻く。
*長い長い台詞を囁くように、呟くように、火を吐くように玄海花道は一人芝居のように語る。
水を打ったような客席にすすり泣きさえ聞こえる。大した劇団だ。
筑豊國太郎さんの役者魂が乗り移っているかに思えてならない。
任侠の世界を飛び超え人の情けを震わせる芝居になっている。
★舞台口上(花形 玄海花道)
・グッズ&DVD紹介
・ものすごく丁寧なしゃべり
・三人の新メンバーを紹介
☆舞踊ショー (60分)
・これほど魂のこもった舞踊は久方ぶりだ。
絶賛惜しまない‼
・ライティングがとても素晴らしい!
ラストショー
【画像】
唸るようなセリフ回しが九州大衆演劇の真骨頂・紀州屋良五郎











































