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永遠のモラトリアム・コタニによる『僕さがしのブログ』

オトナになれない大人・コタニが、『僕』を探す、悲哀に満ちた日常を綴ったブログ。

心から忘年会行ったことを後悔する24歳の冬。




ほんと…………行かなきゃよかった。
すごい説教されたんですよ。

説教ってのは、まあシャレのつもりの表現だけど(笑)




同い年で仲良い友達がいるんですけど、なんか僕の発言にいちいち説教というか、正しさだけが武器の大して響きもしない正論でもってグチグチと。

まあ僕の語彙選択や表現が悪いのもあって、つけいる隙はたくさんあったんだけど。




……と、ここまで書いてちょっと反省。今の僕、相当混乱してますね。ははは。




たぶん友人の言葉は正しいんですよ。

でもなんていうか、僕も僕でそんなに素直に育ってないというか、僕の思う正解はそれじゃないんだよなっていうか。




今日のやつでいうと、

『綺麗事が欲しいんじゃないのよ。間違っててもいいから君の意見が欲しいのよ。でもある程度優しくしてほしいの。弱ってるから人に相談するんだもの。』




って書いたら、




『例えばその人が一生懸命考えた結果だったけど、コタニにとっては『綺麗事』って事も無いかな?コタニが必要なのは、意見じゃなくて、自分の考えに同調、同感してほしい人じゃない?それって『相談』って形式じゃ得るのは難しいかもよ?』

って返事してきて。




もうなんていうか、わかってるよ、それわかってるの。一歩目でそれわかってる。それわかった上で言ってる。

そもそも思うだけで綺麗事だよねとかその人に言いませんからね。僕は『僕のために時間割いてもらうとかまじすいませんほんとすいません』って思うタイプだよ。

『ありがとう』ってとっても思うけど、そうじゃないんだよなーなんか違うなーっていうか。たぶん綺麗事っていう言葉が悪かったんだろうけど。『いい子の言葉』?『ただしい言葉』?




人に相談するのって、共感とか求めてるってのもひとつかもしんないけど、自分の感性に一番合致する答えを探してるからって言えませんかね。それは時には内にあるものかもしれないけど。




とにかく今日思ったのは、歳近い子に相談するのはもう駄目かもしれない、ということ。

うーん。

まあいいや。