よく「死にたい」って気軽に思っちゃうし口からポロッと出ちゃうんだけど、ちょっとなんでこんな感じになってしまったのか掘り下げてみようと思います。

なんかスっと書いてるけどやばい話題。こんなこと考えてるって知られちゃうのこわいな~…滝汗





幼い頃、記憶してる限りは小学4年生の時にはもう「死にたい」という感情が自分の中に芽生えていた。

オルガンを弾いてる時に横にいる友達に「死にたいって思う時あるよね?」と聞いた記憶がある。友達は「うん…?」みたいな、ちょっとぼんやりした返事だったけど、私のこの感情は変じゃないんだ…よかった~と安心した記憶がある。今思うと、まだ10歳にも満たない年齢で既に死に対して向き合っていたことに驚く。(我ながら)

この時から今まで、恋愛をしている時以外はずっとどこかに「死にたい」を抱えて生きてきた。ぶっちゃけ今すぐにでも死んでしまいたい…笑
ほんと今すぐ死んでも構わないし、寝ている最中に心筋梗塞にならないかな、とか、起きた時「あ、生きてる…」と目が覚めてしまう。


どうしてこんなに死にたいんだろうか。私は。(哲学)


まず生きているのが辛い。
なぜ生きてるのが辛いのだろう。

私は存在する価値がないと思っているからだ。
なぜ存在する価値がないと思っているのだろう。

幼少期にずっと言動を否定され続けてきたからだ。
要するに、未だに親に対して拗ねているのだ。(心屋さんのブログをみて気がついた)

乗り越えるには、たぶん、親にいうのが1番なのだ。

しかしこれがめちゃくちゃこわい…。


なぜって、私は今まで親のために生きてきた。
親を喜ばせるために。

でも、親に「本当は死にたいんだ…。」なんて言ったら、親は喜ぶどころか…悲しむだろう。
以前、親から小さい頃の私を天使👼と思ったらしい話をされて、ますます言えなくなった。

天使と思っていたその子の心は…この世からいなくなりたがっていたなんて…。(ほんとの天使になるな)


でも、いわないと多分一生すね続けて、死にたいを繰り返してしまう。


寿命がすぐだったら「言わなくていいや!あの世行くし!」と開き直れたのかもしれないけど、人類の寿命、とりわけ日本人の寿命…めちゃくちゃ長い…。

いうチャンスも何度か巡ってきたけど、結局言えないまま……。
でも、言いたい。ちゃんと自分の感情、長年押し殺していた汚い気持ちを、相手に伝えていきたい。

頑張ります。重苦しい内容続きだな~…。