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結論から言うと、
移動は人生を変える「きっかけ」にはなります。

ただ、場所を変えるだけで、
収入や仕事、人間関係まで自動的によくなるわけではありません。

大切なのは、移動するか、しないかではなく、
移動によって何を変えたいのかを考えることです。

今日は、アメリカ、インド、スウェーデンの研究をもとに、
移動の意外な落とし穴についてお話しします。



良い街へ引っ越せば、年収は上がるのか



ここで、ひとつ想像してみてください。

今よりも安全で、豊かな地域へ、
費用の心配なく引っ越せるとしたらどうでしょうか。

「良い仕事が見つかりそう」

「暮らしも豊かになりそう」

そんな期待を持つかもしれません。

実際にアメリカでは、
これに近い大規模な社会実験が行われました。

「Moving to Opportunity」という実験です。

対象になったのは、
貧困率の高い地域に暮らす4,604世帯でした。

参加した家族は無作為に3つのグループへ分けられ、
一部の家族には、より貧困率の低い地域へ移るための
住宅支援が提供されました。

その後、10年から15年にわたって追跡したところ、
移った家族は、より貧困率の低い地域で暮らせるようになりました。

地域の安全性に対する実感も改善しました。

女性の健康や心理面で、
よい変化が確認された項目もあります。

一方で、大人の雇用や所得は、
統計的に明確な改善が確認されませんでした。

住む場所がよくなれば、
暮らしのすべてが一緒によくなる。

そう単純な話ではなかったのです。

参考:[Moving to Opportunity for Fair Housing Demonstration Program — Final Impacts Evaluation](https://www.huduser.gov/publications/pdf/mtofhd_fullreport_v2.pdf)



住所が変わっても、積み上げたものまでは変わらない




なぜ、大人の所得は大きく変わらなかったのでしょうか。

研究だけから、理由をひとつに決めることはできません。

ただ、ここには大きなヒントがあります。

引っ越しによって住所は変わっても、
それまでに身につけた知識や経験が、
一夜で変わるわけではないということです。

英語を話せない人が、
外資系企業の多い街へ移っただけで、
すぐに英語を話せるようになるわけではありません。

プログラミングの経験がない人が、
IT企業の多い街へ移っただけで、
すぐにプログラマーになれるわけでもありません。

場所には、新しい機会があります。

しかし、その機会を生かすには、
知識や経験、人とのつながりも必要になります。

住所だけを変えても、
変わるのは郵便物の送り先だけかもしれません(笑)。

少し厳しく聞こえますが、
環境を変えることと、自分の中身を育てることは、
別の取り組みなのだと思います。



 13歳未満の子どもには、違う結果が出た

 



ところが、この実験には続きがあります。

移転の時点で13歳未満だった子どもには、
長期的によい変化が確認されました。

大学への進学率が上がり、
より質の高い大学へ進む傾向も見られました。

実際に低貧困地域へ移った子どもの推定では、
20代半ばの所得が対照群より約31%高くなりました。

ここで注目したいのは、
移動した時の年齢です。

子どもは成長の途中にいます。

新しい学校。

新しい友達。

新しい価値観。

そうした環境に長く触れることで、
学び方や将来の選択も少しずつ変わっていったと考えられます。

同じ移動でも、
誰が、いつ移るのかによって、
長期的な効果は変わるのです。

参考:[The Effects of Exposure to Better Neighborhoods on Children](https://opportunityinsights.org/wp-content/uploads/2018/03/mto_paper.pdf)



 良い家と引き換えに、つながりを失うこともある

 



「それはアメリカだけの話ではないか」

そう感じる方もいるかもしれません。

インドの都市部でも、
スラム地区の住民を対象にした住宅抽選の研究があります。

当選者には、郊外に建てられた
よりよい住宅へ移る機会が与えられました。

14年後、住宅環境は改善していました。

しかし、家族の所得や人的資本には、
明確な変化が確認されませんでした。

さらに、当選者は家族やカーストのネットワークから孤立し、
困ったときに助け合う非公式な保障も弱くなっていました。

新しい家を得る一方で、
それまで身近にあった支えを失っていたのです。

人間関係は、目に見えない資産です。

毎日顔を合わせる人。

子どもを少し見てくれる人。

困ったときに声をかけられる人。

引っ越しには、
そうしたつながりを手放す面もあります。

参考:[Moving to Opportunity or Isolation? Network Effects of a Randomized Housing Lottery in Urban India](https://www.aeaweb.org/articles?id=10.1257/app.20150397)



 移動の回数が多いほど、心の負担になる可能性もある

 



スウェーデンでは、約144万人を対象に、
居住地の移動と非感情性精神病との関連を調べた研究があります。

この研究では、20歳になる前に引っ越した回数が多い人ほど、
その後に非感情性精神病と診断されるリスクが高い傾向が見られました。

特に16歳から19歳まで毎年移動した人は、
一度も移動しなかった人と比べ、
さまざまな要因を調整した後でもリスクが約2倍でした。

ただし、これは観察研究です。

引っ越しそのものが精神疾患を引き起こしたと、
証明した研究ではありません。

家庭環境や経済状況など、
移動の背景にある別の要因が関係している可能性もあります。

そのため、
「転勤の多い家庭の子どもは精神疾患になりやすい」と
単純に決めつけることはできません。

それでも、何度も環境が変わることが、
人間関係や心に負担をかける可能性は考えてよさそうです。

参考:[Association of Residential Mobility Over the Life Course With Nonaffective Psychosis in 1.4 Million Young People in Sweden](https://jamanetwork.com/journals/jamapsychiatry/fullarticle/2696965)



 移動しないことも、前向きな選択になる

 



ここまでの話をまとめると、
移動には、少なくとも3つの側面があります。

- 住宅や周辺の安全性は改善することがある
- 大人の雇用や所得まで自動的に改善するとは限らない
- 移動によって人とのつながりが弱くなることがある


だから、移動しない方がよい人もいます。

たとえば、育児中で、
子どもの環境を安定させたい人。

親の介護があり、
近くにいること自体に意味がある人。

地域との信頼関係が仕事につながる人。

職人や研究者のように、
ひとつの場所で長く積み上げることが力になる人。

そして、内向的で、
人間関係の入れ替わりに大きく消耗する人です。

こうした人にとって、
動かないことは逃げではありません。

今あるつながりや積み重ねを守る、
前向きな選択でもあります。



 移動距離ではなく、移動の目的を見る

 



ネットでは、ときどき、
「とにかく移動した方がいい」
という言葉を見かけます。

新しい場所へ行くことで、
視野が広がることはあります。

自分に合わない環境から離れることで、
心が軽くなることもあります。

でも、人生の質が移動距離だけで決まるほど、
人の暮らしは単純ではありません。

私は、移動を考えるとき、
次の3つを静かに見つめるとよいのではないかと感じています。

- 移動によって、何を変えたいのか
- 今の場所で、失いたくないものは何か
- 新しい環境で、自分は何を積み上げるのか


移動することにも、
移動しないことにも、価値があります。

周りの勢いに合わせて決める必要はありません。

自分の心と暮らしに合う方を選ぶ。

その静かな選択こそが、
自分軸で生きることにつながるのではないでしょうか。
 

 

HAPPY NICE!

 

 

 

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