裏路地の露店で、「声」を買った。
それは鉢植えの花の形をしていて、水をやって眠ると、朝には花を咲かせた。小さな花だった。「おはよう」とためしに声をかけると、俯いていた花は小さく「おはよう」と応えた。そして、そのまま枯れてしまった。
次の日に買った声は、もっと大きな花だった。派手な赤い花で、開くと一時に部屋が明るくなったように思った。それは、艶やかな声で愛の言葉を発音して枯れた。
その次に買ったのは、鈴蘭のような、小さな花が幾つも連なった苗だった。ひとつひとつの声は小さいが、口々に重なり合って話すので、なかなかやかましかった。何と言っていたかは、聞き取れなかった。
次に買ったのは立ち姿が美しい百合のような花で、開くと、馴染みの喫茶店のウェイトレスによく似た声で挨拶をした。姿勢のよい娘で、私は彼女がチョット好きだったので、朝から何となくいい気分になった。
午後、喫茶店に行くと、件の娘が顔に大きなマスクをしていた。如何したのかと尋ねると、咽喉を故障して声が出ないと身振りで言う。昨日来たときには確かに常の通りであった筈なので、随分と急なことだ。見舞いを述べて、店を後にした。
裏路地を覘くと、露天商がまた今朝の百合を売っていたので、一鉢買った。店は繁盛しているらしく、品揃えも段々と豊富になっているようだ。
街には、マスクをした人が多く歩いていた。
咽喉にくる風邪が流行っている。