人の頑なな部分って何のためにあるんやろ。
こだわって譲れない部分だから、お互い衝突する。

アイデンティティ・・・自分の存在意義、こうありたいとおもうこと。
関係あるかも。


履修調整の書類の提出日だったため、久しぶりに履修関係の書類に触れた。
すこし課題に対する意欲が蘇ってきた。
後期は専門科目が増えるし。
でも、それとは別に自分の活動もやってかなきゃ。


ツイッター依存がひどいので、今日の日付が変わるまではログインしないことにする。
私の場合、現実の充実度とツイッター・ブログ等の更新率は完全に反比例の関係にある。

iMacのキーボードたたくのきもちいいな。なんやろこの感覚。
買ったばっかだけど、ちょっとずつ使い慣れてきた。




またか。7月調子良かったのになあ。
一般的に言うみたいに寂しさからやっちゃうのかどうかは自分では分からない。
ある種の自傷行為であることは確かだけど。
いいかげんいい歳なんやし自己管理できるようにならなきゃな。
ストレスをうまいこと処理しなきゃ。
過食症、ってきくだけで大概のひとは引いちゃいそうやし。
それを考慮したら私のおかれてる状況って恵まれてる。
でもそれに甘えてたら、いつまでたっても今のまま変われない。

たくさんの友達に囲まれて笑ってても、常に寂しさを感じるのは、自分が心開いてないからかもしれない。
人から優しくされた後になんとなく喪失感を感じるのは、与えられるばかりだからかもしれない。

だれかと、なにかと、ひとつになりたい。
結局シャイで卑怯で姑息で打算的。

人と直接話すときも、メールも、ツイッターやなんやで投稿するときも、自分の考えに自信がなくて言葉を飲み込んでしまう。なにかつくるときもそうで、とにかく人の目に触れる可能性のある場所で自分を表現できない。

せめてここは実際に付き合いあるひとには教えないから、少しは思ってること言葉にできるかも、なんて。

一個一個クリアしていくことでなんかひとつでも自信持つことがはじまり、っていわれて納得はするけど、その最初の一つをなかなか手に入れられない。

自信ないからって、自分も含めた人前で自分を常に過小評価してる自覚もある。本記事一行目がまさにそれ。


だからって、自信持つためになんかしてるかっていうと、どうだろう。
サークルがんばってる。授業もでてるやつはがんばってる。絵もすき。ただし、すべて、人並みに。

人より一歩でも先に行かなきゃ欲しいものは手に入らない。
分かってるつもりでほんとは分かろうとしてない。

前よりちょっとでも現実を直視して上向いて生きよう。
一度きりの人生だし。