クライアントさんから
こんなストーリーをいただきました🫶🏼
真剣に向き合う意味を教えてくれました。
コーチングをしていて、目の前の方が変わる。
どんどん自分を取り戻していかれることは、私にとっても、幸せでしかないです。
ありがとうございます
🌸 🌸 🌸 🌸 🌸 🌸 🌸 🌸 🌸
【コーチング体験記】
ある日突然、長男がキレた。
小学校に入学以来、『学校に行きたくない。』と登校を渋り、騙し騙し、登校を続けていた7月のある日の事だった。
普段は大人しい彼が、唸り声をあげ、食卓の椅子の足を持って、窓サッシに何回も何回もぶつけた。
リビングにある棚の引き出しの中身を全部かき出して、5分も経たないうちに床1面が空き巣が入ったみたいな惨状になった。
『一体何が起こったんだろう』
止まらない彼が段々怖くなり、私と次男は前の公園に避難をした。
音が聞こえなくなった30分後、
ようやく家に戻ると、ゼイゼイと肩で息をしていた彼がポツリと言った。
『もう、限界だ』
そこで、ようやく私は、
彼の学校に行けない理由が、
怠けや甘え、私の育て方良し悪しではないという事に気が付いた。
怒られてもどうにもできない日々に1番困っていたのは彼自身だった。
この日から私と長男の不登校ライフは始まった。
小2〜4年は行けたものの、5年〜再び不登校。
週1のカウンセリング以外は、学校で1時間だけ勉強しては家にいる毎日を過ごした。
私は教育関係の仕事をしている。
だから、正直、不登校対応には自信があった。
先生としての対応。
有効と言われるカウンセリング的な接し方。
母親としての接し方も研究してやってみた。
でも、私の考えうる知識など全く役には立たなかった。
スクールカウンセリングを受けた。確かに少しは学校にいけるようになる。
カウンセラーは彼の特性も教えてくれた。
『マイルールがある。
考え過ぎて動けない、下痢になる。
0か100かの考え方。
100点じゃないとやる意味がない。』
でも、私は彼に学校という社会で生きる事を諦めないで欲しかった。
環境を変えるため、中学は校区外にした。
最初は行けたものの、10月に無理が祟って突然の高熱。
その後、過敏性腸症候群と診断され、長期休みを余儀なくされた。
もう不登校歴は延べ5年になってた。
『自分が何者か知りたい』と本人が言い、発達検査を小1に続いて中1にも受けた。
結果は、発達の凸凹。
言語の理解能力は高いものの、大人数だと情報が多すぎて脳が疲れてしまうという。
改めて結果が出ると、もう自分や彼を責めなくはなった。
でも、この先の新たな彼の居場所を探してあげなくてはいけない、と私は更に自分を追い込んだ。
あらゆる講演会に出向いた。
不登校に対応する教師側の勉強会も出てみた。
不登校児に対する対応は大体がこの2択に分かれた。
〇子どもにめちゃくちゃ寄り添ってあげること
〇子どもの気がすむまでほおっておいてあげること
『どっちやねん!』とツッコミたくなるぐらい真逆の結論だ。
それに、こんな子どもの言いなりで本当に良いのだろうか?
そして最後に言われるお決まり。
『まあ、個人によってケースは様々ですからね、あくまで参考に。みんなに当てはまるとは限りません。』
これを聞くと、私は再びすごろくのふりだしに戻ったような気になった。
彼の居場所はどこだろう。
母親はいつまで彼の答えを探せばいいんだろう。
そもそも答えなんかあるんだろうか、、、。
耳元で水に沈んでいくような音が頻繁に聞こえるようになっていた。
息が苦しい。誰か助けてほしい。
この5年で付き合いのある友人はたったの2人になっていた。
1回、町で久々にあった仲の良かったママ友に『え?まだ不登校やってるの?』と言われ、酷く落ち込んだ。
事情を知らない人の、無邪気な言葉ほど刺さるものはない。
だから、人との関わりを極力避けるようにしていた。
同級生の学校行事や、順風満帆な成長過程を聞いてはうらやましくなり、辛くて泣いた。
旦那は教育者という肩書きのある私に「よく分からないから」という理由で任せきりだった。
私だって分からないのに。でも放っておくなんてできないじゃないか。
毎日、不安と焦りと孤独で夜泣いていた。
もう何もやる気がおきなくなり、
口を開けばすぐに泣いてしまうところまでいっていた2024年8月.長男が中2の夏。
ようやく友人の声が私の耳に入ってきた。
『mametubuちゃん、コーチングだよ』
友人は、どうやら半年程前から、月1、私とお茶をする度に、最後に必ずコーチングがあるよ、と提案してくれていたらしい。
私は恐らく自分の話ばかりをしていて、話に耳を貸す余裕が全くなかったのだろう。
『コーチング、か』
いい加減、この長い生活から抜け出したい。
もう次の手なんか思いつかない。
『もう大丈夫だよ!現実が必ず変わるから』
友人の笑顔に背中を押され、
正直、半信半疑で私はファーストセッションを受ける事にした。
🍀 🍀 🍀 🍀 🍀 🍀
ファーストセッションの時の事は今でもよく覚えている。
かよさんと言葉を交わす度に、肩の荷が次々と下りていくのが分かった。
カウンセリングでも占いでもない。
私が私と向き合うための、
私だけのオーダーメイドのコーチング
私はその時間が楽しくて仕方なかった。
息子たちの事しか見てこなかった14年間。
呪いのように『頑張らないと、頑張らないと』と言い聞かせて歯を食い縛って苦しい現実と1人で向き合ってきた。
だから、かよさんと一緒に、
自分を大切にする、本当の自分と向き合う時間はとても幸せに感じた。
そして、自分は価値のある人間だ、と思えるようになっていった。
週2回のコーチングを始めてから2ヶ月後のある日。
突然、息子が『学校行ってくるー』と言ってきた。
、、、、、信じられなかった。
理由は『ただ、なんとなく』。
え、私が向き合うべきは自分だったの!!?
目から鱗。
即、コーチングを勧めてくれた友人にLINEをした。
自分を大切にすることは、息子に伝わる!
私が間違えていたのは頑張る方向だった!
長いトンネルの向こうにようやく小さな光が見えた。
よく不登校の講演会で言われた。
『お母さんが明るく笑ってるのが1番効果的なんですよ』
悩んで来ている母親たちに何て無理を言うんだろう、と思っていつも聞き流していた。
でも、この言葉は本当だった。
コーチングを始めてから、
私は、カラ元気、愛想笑いでなく、本当の自分を解放する喜びで自然と笑顔になった。
その私のエネルギーに巻き込まれて息子は前に進んだのだ。
幸せへの鍵は【私】だったんだ!
2年経った今現在も、1人では解決できない時、かよさんが私を信じていつでも寄り添い、コーチをしてくれている。
現実を確かに動かしたコーチング体験談。
本当に行動する事で人は変わります。
必要なのは少しの勇気と決断です。
せっかくの自分の人生を、共に笑って暮らしませんか😊🌸

















