病院の相談員さんが来てくれた

お母さん、先に薬もらって来て
母はどうも腑に落ちない…様子

わざと診療時間が終わる頃に来て、もしかしたら先生に合わせなくなかったの?

どうされました?

ん~なんて言ったら良いのか…
様子がおかしくて、診察室同行したんです

認知症ですか?

認知症の症状ってわかんないです
そりゃそーだろ、逆に聞きたい認定症状ってどんなん?

それから、地域の包括支援センターという所から連絡があり、介護認定の手続きが始まった

母は面白いもので他人様が入ると、デビ夫人のような貴婦人の話し方をする

笑うときもまさに口を押さえてホホホと笑う

そして、「マトモ」という言動を取る

行動検査、認知検査、家族の問診

この時、配慮してくださり母のいないところでお話し聞けますか?と言ってくださった

そこで、買い物へ行くふりをして外出
外で電話で話す事にした

約1ヶ月後に認定結果が出るとのことだった

介護の事は全くの素人の私だ
とにかく孤独死は避けたい、見守り程度でも良いのでお願いしたい

認定結果は要支援2だった
それから、週に二回 ヘルパーさんが入る事になる

その頃の母は、何でそんな事をするのか
疑念だったようで、何度説明しても理解して貰えなかった

母がとった行動は

続く



高齢者社会の介護のストライクゾーンに入ったアラフィフの母の介護の葛藤を少しづつ書いていこうと思います 

介護する側、特に身内の方は大変苦労されていると思います 
あまり、重くならないよう私の天然キャラを生かし 笑える文章を交えていきたいと思います
どうぞ、お付き合い下さい

かれこれ3年ほど経つ母の介護
再会した母は あの頃の母なのか?

私達親子はどこにでもいる平凡な親子関係ではではない
65歳になった母は婦人科の手術をし退院した頃からどこか どこかおかしかった
それは私の感 単なる感でしかなかった

元々 統合失調症を患っていたのと持っていた性格とでも言おうか
頑固で几帳面 言ったことは引かない
よく他人様と喧嘩もしてきたもんだ

ある時
病院に同行するわ、今度の通院いつ?

私は2時間掛けて車で母の住むところへ向かう

今日は泊まるよ、何時に病院行く?

17時頃、混んでるからギラギリにいくんだ
…と母の言葉を鵜呑みにしてしまった

到着した病院は閑散としている
あれ?空いてる?

診察室に直ぐに通された
医者が苛立ってる、今日はそんなに長い時間話し聞けないんだよ

なんでだ?

診察時間は終わってるの、皆んなを帰さなきゃならないんだ

え〜〜‼️

と、素知らぬ顔で私 変ですか?

まだ会話しようとするか???

お母さん、診察時間終わってるんだって‼️
と声を上げてしまった

看護師さんが見兼ねて、お困りのようなので相談員呼びますね

と促してくれた

続く

 半ば帰りたくない気持ちと
同居できる期待と迷惑かけたくない混同した気持ちでいただろう母

大好きなラーメン食べて行こうか?

反抗が始まる

硬くて食べれない、無理だわ
ダメだわ、美味しくない

食べれなかったら残しな
受け入れるしかない

夫にも申し訳ない
板挟み〜

無理‼️

母に会いに行った時間は観察
ゴミの中、お風呂、冷蔵庫の中
母の言動

行くたびに母の昔の話が始まる
姑、小姑に対してだ

母の話には‘’された‘’ してくれなかった‘’そして、‘’してやった’話が多い

私にとっては祖母や叔母の話
約50年間生きてきたが、多分に家族と言おうか家系的に一般的な家系より問題が諸々多いかと思える

そこを乗り越えてきてる私は素晴らしい
と言ってみた

乗り越えられない試練は神様は与えない
と何度思った事か

話はそれたが
毎回、毎回 そんな聞きたくない話を延々とされてくるのは苦痛の何者でもない

過去の話に執着するのは認知症状でもあるらしい

続く