それでも、母がこんな状態になり
1週間程 我が家の狭い賃貸住宅に住まわせた

…と

夫がおかしい。
大丈夫?

耳にタオル巻き母のネガティブ満載の言葉に
夫はココロやられたようで…
当初はそんな事はないよと励ましてくれていたが
その余力も尽きてしまったようだ

こんなはずではなかったのに…
あ~ごめんね
あの手術さえしなければ
あの先生のせいで(そんな事はないのです)
毎日こんな感じで話す

私たちも参ってしまった

それから、私は家庭を一番にと考えるようになった。
勿論、親戚にもどうしたらよいかと相談もしていた。
叔父は介護経験者
とにかく大変だったと後から聞いた
丁度、介護保険制度が始まった頃の介護
まだ、身近に介護がない時代の事で
理解者も少ない時

オムツの交換 ご飯の支度
奥さんとは別居しながらの介護だったようだ

親だから俺が面倒見るって

まるで私がそれだった

お前の生活が大切なんだぞ
その一言だった。

続く


それから、入院の時に提案があった
サービス付き高齢者住宅への入居を検討してきた。
年末まで何とか…

ここで、何故 同居を検討しなかった訳を…
母と、私はいわゆる母子の確執があった
親戚巻き込み私を阻害し悪口を吹き込み
我欲そのもので、私を孤立させた気になったのであろう。

父方の祖母が亡くなった時
私は初孫で祖父母には可愛がってもらっていたそうだ。
そんな折、祖母の通院やら祖母の為に運転手
足になり事務手続きの手伝い
祖母ができない事は私がやっていた
最後まで私を頼むねと言って残された父の2度めの奥さん(私にとっては義母)へ伝えて行った

ばあちゃんありがとう

そこへ、嫉妬で怒りまくった母が
投げかけた言葉は

親とも思うな子とも思わない

5枚に渡る手紙

ふぅ~そりゃショックださね

そうですか、ではお互い選んだ道なのでしっかり歩んで下さい。
と返事の手紙

そこから荒れた母
何度も自殺未遂…
周りの方には本当にお世話になってきたようです

割愛していますが、まだまだあります。

子供は親の持ち物ではない
子供にも親にも人生がある

と学んだ訳です

私の人生を生きようって❣️

続く



アーユルヴェーダ
今日は初体験

満月だったのね🌕

予約入れたのは先月
ほほ~
これは必然だったのですね

お疲れの身体持参して
時々 落ちる感覚💤
はぁ~心地よい

久々のご褒美にご満悦な私
残りのセサミオイル頂いてきました
そして、ロミロミの手技を持ってる私

お疲れの夫もセサミオイルで
ニセのアーユルヴェーダ

今日行ったのは札幌市北区のアムリタさん
あちこちにインドの神さまがおりました。
それと、今日は感謝から始まり感謝で終わる1日でした。

ほっこり涙

ありがとう