長男が野球(ソフトボール)
を始めたのは、小学校二年生の二学期でした。
地区には少年野球チームはなく(今はありますが)、監督が同じ地区で近所の
子が何人かいたソフトボールチーム
に入団することにしました。お世辞にも
上手とは言えませんでしたが、監督やコーチの指導のもと一生懸命頑張って
いました。三年生になって次男が入団してからも、「弟のほうが上手やな。」と言
われながらも一日も練習を休まず、少しずつですが上達していったように思い
ます。五年生になる頃には誰も言わなくなりました。監督、コーチからもほめて
頂く回数も増えていったように思います。中学では軟式野球、高校、大学では
硬式野球をしていて、今春のリーグ戦後引退しました。野球(ソフトボール)
を
始めてから十五年色々な事がありました。小学時代はキャッチャーでチームの
怒られ役でした。練習では耐えていましたが、落ち込んで帰って来た事も何度か
ありました。コーチのカバー、ピッチャーのK君のお陰で乗り切れたように思います。
中学ではキャプテンに指名されました。最初は嫌がっていましたが先生の推薦で・・
嫌がったのには訳があったのです。案の定チームメートの親から遠回しに「なぜ
長男がキャプテンなのか」と言われました。言われるとわかっていましたがやはり・・
ショックでした。顧問の先生に理由を聞けないまま、もやもやしたものが心の中に
残りました。二年が過ぎたある日、先生と話す機会があり思い切って理由を聞き
ました。「野球が出る子は何人かいる、野球が出来てキャプテンに必要な誰にでも
平等に接することが出来るのが選んだ理由です。」と言われました。涙が出ました。
K君や何人かのチームメートに支えられて一年間やり遂げました。進学した高校の
野球部は、TS中学から長男が始めての入部だったので、同じ中学出身の先輩が
いなくて最初は大変だったと思います。マネージャーが幼馴染だったのと、先輩や
チームメートお陰で最後まで頑張れたと思います。心残りだった事が一つ・・・
それは最後の大会に出場出来なかった事です。大会前最後の練習試合までは
ファーストのレギュラーで出ていました。背番号の三番です。試合ではファーストの
ランナーコーチでした。帰りの車の中でただ一言「代打でいいから出たかったな・・・」
かけてやる言葉見つかりませんでした。通学に往復二時間、あさ五時過ぎに起き、
帰って来るのは九時前、食事、お風呂、進学校で理数系にいた為、課題が多く、寝る
のはいつも十二時過ぎ本当に良く頑張ったと思います。(いつも主人と話すのですが
誰に似たのでしょうか・・・)引退後は大学受験に向かって・・・第一希望ではなかった
のですが推薦で早くに決まり野球も続けられました。今は四年生なので就活で大変
ですが彼なりに頑張っているようです。お正月に帰ってきた時に、母校のグランドで
監督や先輩、同期、後輩と久しぶりに野球をしました。楽しかったようでどんな形でも
いいから野球は続けると言っていました。離れているので中々会えないし、何もして
あげられないけれど、これからも見守っていきます。