今、妹の部屋を占領して行っているこの合宿。
「積ん読」、つまり買ったまま読んでいなかった本を全部妹の部屋に持ち込み、全部読み終えるまで自室に帰らない、という秋ならではの企画です。
妹はひとり暮らししてますのでいません、念のため。

小説からビジネス書、ネタ用の資料本までさまざまあります。
ビジネス書は仕事を円滑にこなす方法を会社で教わる代わりに、と思ってよく探してます。
今は経済評論家の勝間和代さんの著書から広げて、コミュニケーション方法の本を何冊も揃えました。
通る企画書の書き方と、後回しにされないメールの送り方を学ぼうと思ってます。

小説では筒井康隆さんの「七瀬三部作」(「家族八景」「七瀬ふたたび」「エディプスの恋人」)を立て続けに読了、「富豪刑事」「文学部唯野教授」の2冊がスタンバってます。
それと並行して「銀河英雄伝説」も再読中。
アニメも良いのですが、好きなところがパッと探して読める小説が大好き!
シリーズが文庫本で30冊ほどありますが、2ヶ月ぐらいかけて堪能します。
ほかにも中島たい子さんや、阿部和重さん他、買ったのがいつなのかわからない小説がたくさんあります。

資料本は「暗号解読」という本をちびちびと読んでいます。
只今「エニグマ」の詳細を読んでいますが、情報戦略がいかに大事かを思い知らされます。

友達の妹さんが国語の宿題をしているときに「作者の気持ちなんてわかるはずない!」と怒っていたそうなので、それについて私の考察を。

国語の文章の場合、全文読めることはめったにありません。
大体が一部分です。
作者の来歴、その文章が書かれた時代背景などがわかれば良いのですが、文章以外の判断材料はないことがほとんど。
だから、作者の気持ちを知るには、そこにある文章を読むしかないです。
作者本人に質問するのとは違う答えも当然生まれてきます。
そこにある文章で、推理するしかないのが国語の面白いところでもあり、難しいところだと思います。

国語は答えがたくさんある、というのも誤解です。
言葉の数だけ表現のしかたがあるだけで、同じ意味のことを書かないと正解になりません。
学校のテストのように、あとでアピールできれば点を得ることも可能かもしれませんが、解答用紙ですむように文章を書くのが大事だと思います。
自分の思っていることを正確に伝えたいと思うなら、そのために文章を書く機会を増やさないといけないし、その前に読書を通して表現のしかたを知る必要があります。

自分で書く機会を通して、「あぁもっと読書しないとなぁ…」と思うのは、中学生の頃からずっと思い続けています。
私は事実や先人の知恵を文章で伝える仕事をしていますが、小説家の方々の想像力と創造性、表現力にはいつも頭が下がります。