電話が鳴った。発信者はF本だ。


8年前の10月の金曜日、会社帰りにいつものように月島の立ち飲みで飲んでいると電話が鳴った。発信者はF本。飲み友R太郎の飲み友として仲良くなったF本だけど、その時点でF本とは十年近い無沙汰であった。「久しぶり、どうした?久しぶりに飲もうか?」「いや、お願いがあるんだ。今練馬にいる。会えるか?」月島からダッシュで帰ると伝えて、1時間後に会った。呑み屋に行こうと誘ったが固辞された。

ドトールで珈琲を飲みながらそのお願いを聞いた。

金を貸して欲しいとのこと。

大金かと思いきや半端な50万円。K大卒の有名食品メーカーのエリート社員だったF本。その彼がたった50万円を借りるのに10  年近く会っていなかった俺に電話をしてくるなんて。何でだ?

お金の使途を聞いたが、それだけは話せないの一点張り。俺が空白の十年の間に障害者になったことを知って、少しだけ重い口を開いた。訳は話さなかったが、会社は半年前にクビになってしまったらしい。俺と一緒でチビ・デブ・短足の三拍子揃ったF本、頭はイイけどその容姿で先ずモテない。当時40歳になりたてだったが独身だった。

申し出の50万円、理由も知らずに貸せない。無論、その場に50万円なんて現金を持っているハズもなく、消費者金融から借りろと差し返した。利息が高くて借りられないと言う。じゃあ、その利息を貸してあげるよと財布に入っていた3万円を渡して分かれた。

3万円は戻ってこないだろうし、金の切れ目が縁の切れ目と、貸したことすら記憶から消えようとしていた。

同じ10月の金曜日。

電話が鳴った。発信者はF本だ。

「今から会えないか?」

そのひと言で、前に金を貸して欲しいと言ってきたことが思い出された。コロナ禍、会うのはやめようと伝えたら家まで訪ねて来た。

マンションのエントランスで5分足らずの立ち話。ラフなスーツ姿は前と変わっていない。

アイスブレイクの後、50万円を借り、難局を乗り切ったとのこと。その詳細はひと言も触れず。今、漸く稼げるようになったとのことで、3万円を返しにきてくれたのだ。

なんてことだ!律儀なヤツだ。

1万円だけ受け取った。

2万円じゃあ30万円しか借りられないぞ(笑)。

コロナ落ち着いたらその2万円で飲みに行こうと約束して、LINE交換して分かれた!

何をしているのか

判らないけど、頑張れF本!

返してくれた福沢諭吉、価値は同じ1万円しかないけど僕の宝物!