けっこう苦しい。
私は、瞬間的に段取りを考えられる。わりと要領良く処理できるし、情報の吸収速度も速い。いくつかのアイテムをかけ合わせて工夫するのも人より得意だと思う。これは、腹を立てたり、寂しくなったり、虚しくなったり、諦めたりしながら、辿り着いた自己評価の一部だ。
簡単そうに、ラクそうに、軽々と捌いて見えるかもしれないが、綱渡りみたいなアクロバティックな動きの連続だ。素早くできるのは、綱渡りでショートカットをしているからだ。だから、少しのズレがめちゃくちゃ恐ろしいし、要領が悪い人を見ると不安でたまらなくなり、強いストレスを感じ、やがて怒りを覚える。
自分が比較的要領が良い結果、自ずと自分より要領が悪い人にはそこそこの割合で遭遇するから、よく腹を立てている。とくに同業者には相当厳しい。やって当然のことを何故やらない?知って当然のことを何故知ろうとしない?工夫することもせず何故できないと言う?と思う。ソフトの特性を踏まえていないセンスがないデータ構成や、全体像を捉えてないようなスケジュールを立てる人には、残酷な気持ちになる。結構厳しく評価するし、はっきりと表に出す。
こんな私であることに、私は後ろめたく感じている。「性格に難があるから結婚できないんだな」「性格がきついから独り身なんだな」と私の頭の中の世間が囁いている。こんな私だから私は出来ることが増えた訳だし、こんな私が男性ならば、難がある性格と評価される想像は今よりはしなくて良かったかもしれない。
できれば、尊敬できる人と一緒に仕事をしたい。
難しいからイヤだと言って、色んなツールを掛け合せて格段にスピードが上がるやり方を試す前にギブアップした上司や同僚を冷めた目で見ていた前職。今度は比較的賢い人たちが集まる会社に行ったけれど、やっぱり似たようなことを言われるものだから、ようやく私が異質だと知った。
私の尊敬できる人には数パターンあるけれど、頭の良さを活かして地に足をつけたままで、必要性と好奇心で新しいことに取り組む人は輝いて見える。そういう人は知ったかぶりをしないから、知りたいことは知らないと言うし、その項目はたまたま情報が入ってないだけで、目の奥にぎっしりと書庫があるように感じる。
なんで人は知ったかぶりをするんだろう。その話題を話したそうな相手に寂しい思いをさせないために、知ったかぶりをするのは悪いことではないと思うけれど、自分を虚飾するための知ったかぶりは嫌いだ。情報をそれぞれ独立するトピックスとして扱う人もつまらない。情報は複数掛け合わせることで立ち上がるさらなる情報の複雑さ、大きさ、密度が大事だと思っている。そもそも自分のための知ったかぶりは、会話に含まれる情報は薄いし、説明したいと思う相手の気持ちも、知る機会もおじゃんにしているように思う。
私は、要領の悪い人には腹が立つし、知ったかぶりをする人には心が冷えるような感覚を持つ。ついでに会話が成立しない人が嫌いだ。そして強い不安の果てに自己嫌悪に陥る。
上司には「ちゃんとしてくれ」と言ったけれど影響がない。私は自己嫌悪で十円ハゲができそうになったのに、まだまだ足りないようで驚いた。私のほうが、段取りと工程は意識したままで動けるから、状況によっては指示系統を逆転させてほしい。せめて視野狭窄気味で手足になる癖がついているんだから、そこから脱却してほしい。