否そうではありません
先日死刑判決を出した裁判長が「あれは無罪だった」とテレビカメラの前で悔恨の言葉を語っているのを見ていたら、たまらない気持ちになってしまいました
そしてその裁判長は意に添わない判決を出してしまった事を悔やんで何度も自殺を考えたとも言っていました
しかし私に言わせれば、あんたが死んでもあんたらの罪が消える訳じゃないとはっきり言ってやりたい!
何故この国には裁判においてさえも真実などどうでも良いような考え方がまかり通っているのだろうか?
自殺でもすれば罪が消えるとでも思っているのだろうか?
良心の呵責に耐えかねて、、、自白ですか?、、、、、こんな事が何十年も経ってから漸く明るみに出たところで永年死刑囚として過ごして来た一人の人間の人生を一体どうやって償うと言うのだろうか?
是非問い返してみたい!
何でもっと早く言わないんだ、、、、、、!「この馬鹿やろう!!」と一括しておく!
注 私の場合は損保ジャパンが相手ですが、犯罪(脅迫、詐欺、信用毀損)などあらゆる手段を使った計画的な不払いの被害者として思う事が有ります
あらゆる組織は被害者よりも保険会社の味方をします
そしてそれを許してきた社会の有り方その物の不合理さに対して憤りを感じます
その気持ちは冤罪事件の被害者と同じといっても過言ではないと思います
そして思う事はとに角、この日本には同じ穴の狢が多すぎます
全員炙り出して一匹残らず退治したら少しはこの日本も暮らしやすい国になるのではとは思うのです、、、、!?