こんばんは
暖かかったり寒かったりまだまだ
安定しませんが、お天気の日の暖かさは
春を感じるようになりましたね♪
昨日、お仕事に行く時なんかは
まだ寒かったですけど…
母、緊急手術
2月12日
私は、血圧の通院と、骨粗鬆症の血液検査結果で
通院の日
なかなか呼ばれなく
2科受診だから遅くなるのも仕方ないか〜
と、のんびり気分で病院に居ると
姉から連絡が…
母が、10日に喉が痛くて
近所の耳鼻科を、受診しお薬をもらう
熱もあるし、良くならなかったけど、お薬をもらっているし
11日は、お休みだし我慢していたそう…
12日
父から姉に電話で、お母さんが具合悪そうと
姉が駆けつけると
母はぐったり。。。
これは、病院には行けないと判断し
救急車で、いつも通っている大きな総合病院に運ばれる
酸素飽和度は、90をきっていた…
インフルもコロナも陰性
尿検査も異常なし。腎臓でもなさそう
医師も、なんだろう…どこからの熱だろう…と
考えていたところ
母は、喉が痛いと。
では、耳鼻咽喉科だ!
ということで、CT検査
そごで判明
喉周辺に、膿がたくさん付いてしまっている
危なかった…
そこで、気管切開して緊急手術
高齢者や、抵抗力が下がっている人に起こりやすいそう…
持病でもなく…まさかの症状で
命の危機が起こるなんて…
もう…緊張感が高かったです
ひとまず手術を終えて、ICU
そこからは、第二の闘い
気管切開しているので会話は筆談
言うことがおかしい…
なんか…一旦、覚悟しました
数日…調べたり、ICUの看護師さんに聞いたりして…術後や、ICUにいることによるストレスからの
「せん妄」でした
でも、母の場合
自分が言ったことや感じた事をしっかり覚えていて
余計に可哀想で
元気になってきた頃、なーんであんな風に思ったんだろう〜?と、不思議がっていましたが
看護師さん、医師
みんなが、敵に感じたそう
ICUの看護師さんいわく、突然の手術だったし
気管切開した患者さんは…極度のストレスから
そうなる事も多いそう
でも、家族は
母はどうしちゃったんだろう…。
急に認知症を発症してしまったのかな…。
などなど…悩みに悩みました〜
後日…
会話はしていたけど、運ばれてからの記憶はなく…
なぜ、手術になったのか。なぜ気管切開して話せないのか。わからないままの状態が母の不安を強めていたことがわかりました
そして、何もできない軽度の認知症の父は…
ごはんを置いて帰ると…ショックもあり、食べてない
こりゃぁ、マズイ
と思って…
母の病院の後は、時に孫の力を借りて(笑)
(みんな成人)
夕飯は、みんなで食べ…お薬の管理もして
あとは寝る前のお薬だけにして帰ると言う日々を過ごし
その間、ショートステイの手続きを姉が必死にして
母の入院から5日後には、入所できました
帰宅すると23時まわってたり…私たち姉妹も
限界が近かったので、とても救われました
そして、デイサービスさえ、嫌がっていた父も
お父さん、ショートステイに行くから
お母さんのことやってあげて…と
なんだか色々…涙、涙の、日々でした
今、母は無事に退院し
一週間ちょっと経ち、退院後の外来診察も終え
順調に元気になってきています
素晴らしい78歳
お父さんを残しては、逝けないそうです
父には、一週間ごまかし…
先週、退院と伝えてます
…そうしたら案の定。。。
もう、耐えられない…


と泣きがはいり…予定よりほんの1日だけ早めたら
納得したようで、今週末に帰宅します
良かった…まともに、退院した日を伝えていたら
母が体力回復する前に
泣きが入っていたでしょうね
母が家にいると思ったら…
ずーっと、「すぐはお母さんも大変だからぁ〜少し長めにショートステイにいて、帰ればいいね!」と言っていてのに…
もう、帰りたいよ…と、急に弱気になっちゃって
母にまで、電話で泣きを入れてしまって(笑)
母も同情してしまい…
1日だけ!
早まりました
ほとんど…姉に頼りっきりでしたが…
家族みんなで乗り切った、今回の出来事でした
母
また、みんなで楽しもう〜
一般病棟になってから、入院中の母は、ショートステイに行っている父に
毎日のように手紙を書いていました
こんなに仲良しだった?と思うくらい
仲良し夫婦でした
信っっっじられないくらい
ハードな日々で、倒れちゃいそうなくらい
くったくただったけど…
潰瘍性大腸炎の私のお腹は、耐えてくれました
ありがとう〜私のお腹
ありがとう〜リンヴォック
では