『競艇との出会い』
時は1997年5月。
当時21歳。
高校を出て就職し、辞めてプラプラしていた今で言う『ニート』でした。
当時はプー太郎と言ってました。
フロムAにてバイトを探してて、住之江競艇場での警備員のバイトを見つけました。
9時~17時30分で日給8000円。
時給に直すと1066円。
早速応募し面接→研修→勤務となりました。
研修では警備業の他に、競艇についての研修も受けました。
生まれて初めての競艇についての研修。
フライングスタートとは?
舟券の種類とは?
一開催の流れとは?
出走表の見方とは?
全く興味の無かった、そして全く興味を持つ気も無い競艇に対して学んでも頭に入りませんでした。
ですが日給8000円(時給に直すと1066円)を考えると最低限は覚えなくてはいけません。
研修も終えていよいよ住之江競艇場勤務になりました。
1997年5月末の常滑競艇場での笹川賞での場外発売でした。
優勝は6号艇から確かまくりを決めた植木通彦選手。
初めての住之江競艇場の印象は…
『住之江では開催してへんのに、他場の開催を発売するんや?』
『平日やのに客いっぱいやなぁ。』
『しかし住之江競艇場はボロいし汚ないなぁ。』
今から14年前の住之江競艇場は、そんな印象でした。
その日に初めて知って驚いたのが、当時は住之江競艇場ではに至るとこで活動していたノミ屋の存在。
平然と堂々と活動していて、金銭授受も堂々と。
ヤ○ザが仕事してる。
でも警備員は取り締まれない。
住之江競艇場に警察官も常駐してるが取り締まらない。
トイレは汚い。
窓口付近でオッサンが怒鳴ってる。
客同士のトラブルも多々ある。
はっきり言って初日で競艇を嫌いになり、一週間だけ働いて辞める決心をして、帰りにフロムAを買って帰りました。
『環境が悪すぎや…』
今でこそ施設もきれいなり、ノミ屋も居なくなった住之江競艇場ですが、当時の環境は最悪。
『でも何でオッサン達は競艇に夢中なんやろ?』
『ギャンブルやからかな?』
『何が楽しいんやろ?』
不思議な一日は終わりました。
つづく…