と呼びかけてドキッとする世の中であれば、
このフレーズは効くコピーということ。

メール文化だとか、どうしてもコミュニケーションの文化の変遷が
よろしくない方向に向かっているとは感じているのだけれども、
何かそれに対して警鐘を鳴らすような確固たる要因が見つかっていないんですよね。

文字を通すか、声を通すかでまったく違うコミュニケーション手法であって、
しかしながら成立することは成立することとしてもだ。
もっと表情を交わしたり、声を浮かべたりした時のコミュニケーションの本意を
人間としては見直して、掘り下げるべきなんでしょうよ。
と、老獪の方々がこのところ思っていた様に、伝書鳩とはいいません。
まずは「電話をしよう」ってところからスタートしてみるのも
少しばかり懐かしく、嬉しく、思えるところに着地出来るんじゃないかなぁとさ。
今の時代には思う訳です。

タブレットにしてもテレビ電話にしても、某企業のCMでは人に置き換えられている訳じゃない?
擬人化だなんてそんなまどろっこしいことしなくても、もっとダイレクトに
「交わそうよ」と呼びかけるスタンスが、潔いようで、なんだかステキなことを引っ張ってくるような気がするなぁと感じ始めました。

気のせいですかね。
こんな言葉に出会いました。

「9割のクオリティを目指して1,2個の仕事しかしない人が、6,7割のクオリティで仕事をさばく人の事をぶつくさ言っている間に、経験の量が質に変化していつの間にか後者のクオリティが前者のクオリティを凌駕するのはまさに「時間の問題」。未熟なときに完璧を目指すのはもときに時間の無駄だったりする。」

いつもブチ当たる壁には実はそういうところもあるかなーと、自分の行動や判断を省みては考えてました。
この先1年は、この言葉を携えて、基礎をより高いところに持ち上げることを目標にしてみようかなと考え始めてもいます。

人が受け取る側のスペースを作るということ。
多分、これが残りの3、4割になればいいんだなとね。
10年経ったそうです。

はじめて台湾に行ってから、もう10年。
この数年、旅行と言うキーワードからも大分離れていたけれど、
今回思い立ったそのタイミングが、気分任せ、まったくもって強く意図しなかったことを思い返せば、
導かれる様にそこに飛んだ様な気さえ、今はしています。

その10年という記憶を噛み締める機会。
4度目の訪台にして、台湾も建国100年という節目。
時の流れと、景色の移ろい、人の表情や見えない感情の推し量りが、
嬉しかったり、苦しかったり。

でも、今ここにハッキリ言えるのが、「今すべきだったこと」それだけでした。

こういった言葉をここに綴り始めたのも、大体そのくらい。
価値観が大きく変わった転機を与えてくれたのも、そのくらいの時のあいつ。

10年を振り返ることを肴に出来る今は、とても不思議な感じで、
変わったものを受け入れ、変わらないものがあることを受け入れるその矛盾を、
台中のスターバックスで必死こいて考えてました。
時間に対して、本当に真っ正面からぶつかって来れていたかどうか。
知らずのうちに手を抜く非礼をしていたりしないだろうかとか。

物理的に一つの正答を出せないものに向き合い、
少なくとも、やさしさと涙を取り戻せたことは、この旅行の最も大きな収穫だったように思います。

洗われるよ、旅行は。感覚も記憶も、疑問も全部洗われる。
今度はあまり時間をおかずに、会える人、まだ会ってない人に、
会いにいきたいと思います。

台湾のみんな。本当にありがとう。
世の中にはいろんなサービスもありましてさ。
最近もっぱら稼いでいる課金制サービス、GREEだとかアメーバピグもそうなんですかね。
携帯ゲームを口火に爆発的に広がった儲けの構図が

「無料→プレミアム」

ってやつです。

そこに金を投じることの無駄骨とリスクを妙に認識している。。。というか、
ゲーム運営程度の企みのせられてたまるかといった意識があるので、
(マス系の仕事してる人は大概そうかもしれない。。。)
ゲームだとか無形のものに対して課金といったものを一銭たりとも投じてこなかった人間からしてみれば、ヘンテコな世の中だなと思いつつ。
しっかし、運営側の話を聞くとボロ儲けらしいですよね、ホント。


利が無いことは明白として、それでも常に不安を覚えるのが、企み云々は抜きにして、「そのサービスに対しての課金の保証がどこにもないこと」なんですよね。
例えば、そのサービスの運営会社が運営をほっぽりだした時に、それまで投じてきたお金が保証されることなんて無形である以上何もなくなってしまう。ゲームの発展性よりも、終わり方の方が気になって仕方ない。
って言ってるそばから、いろんな課金を稼ぎだしたであろう育成ゲーム系のサービスが終了宣言を掲示してました。「サービスの終わりと同時にユーザーのデータはすべて削除されます。」とか淡々と言っちゃってる訳だけど、丹誠込めて育ててきたであろうユーザーの身に置き換えてみれば。。。ねぇ?

物事始めるのってすっごくカンタン。正直誰にでも出来ること。
それを「終わらせる」ことへのシナリオをどう打ち立てているかが、サービスの本質が出るところなんじゃないですかねー。

今やってるそのゲーム、10年後にやってるの?
その立ち位置において、財布の紐を緩めることが出来ないのは、オッサンなのかしら。「無料の範囲に欲を納める」ことってそこまで難しくないはずなんだけどね。
いやー、ダメだな。
つぶやいてそこで終わり。といった慣習がどうしてもとれなくてさ。
スマートフォンの便利さ、即時性にどうも流されちゃってます。

そういう時代と言えば、そういう時代。
必ずしも、あらがうことを美徳とはしないように心がけているけれど、
それでも失った「整理の時間」が必ずあるように感じているので、
このブログも当面続けていけるように努力したいと思っています。

タイピング音も懐かしくひびいてるなwまだまだ速い方なんじゃない?オレw

さて、怒濤の8月をなんとか乗り切り、9月の整理もついて、やっとこの3連休。
ほーんと、ここ最近ではないくらいに忙しかった。。。
それがすべて有益につながる忙しさであれば納得もいくものだけれど、
ふつふつと溜まるこの鬱積するフラストレーションはそうでないことを物語っているな。

その時点時点で言葉を投げつけまくったこともあって、
後に引きずらない様にしてたつもりだったんですけどねwまだまだ足りなかったらしい。


早く人間になりたいでないけれど、
すべてのマイナススタートをずっと引きずる人生にはしたくはないので。
早めに見切りをつけることにします。