内容伴わずとも、結果がよければそれでいいとはけして思わない。

北京五輪の幾重にもほつれた紐が示すように、我を通すため他方面に蓋をしてしまう行為は後々に日の目にさらされるものなんだよね。
モノが売れるシステムだとか、世の中に認知されるものだとか、言葉端にもいろんなほつれは上手く隠されているようで出ちゃってるんだなこれが。

美談には特に注意しましょう。