Natsumiのblog~元キャバ穣元イカれた子だった3児の母親です~

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32歳。3児の母。機能不全家庭で育った元キャバ穣の元パンク女が、家族を育む奮闘記。人生の目標。心の整理。日々思うこと。家族とはなにか。

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久しぶりの更新です!



まずは、最近観た映画「アニー」

かわいらしくて、元気をもらえる映画でした!

tomorrowが本当に好き。

あの歌を聴いたり歌ったりすると元気がでる。

みんなもやってみよう(笑)



あとは「子宮に沈める」

まさかTSUTAYAに置かれるとは思ってなかったから

発見したとき驚いた。

大阪二児置き去り事件を元に作られた映画です。

事実とは違う部分も多いし、ここをアピールしてほしいって思うような

ところがなかったり、たんたんと監視カメラが置かれているように進む作品だけど、

見るのが本当に苦痛なシーンの連続でした。

自分の子供とどうしてもかぶらせちゃうから、助けてあげたくて仕方なくなる。

だけど、実際はこの映像よりももっと悲惨で過酷で劣悪な状態だったのだと思う。

それを考えたら本当に恐ろしいし、悲しくなった。

実際にあったこと。

こういう事件が繰り返されないためにも、風化しないためにも

観れるひとは、観て考えたり何かを感じたほうがいいと思う。

これを観た後に、私は自分の子供たちのことをよく考えたので、

子育てに悩んでる、自分の子供のことで悩んでる、という人にも

見てほしいと思った。










私の子供は、長男が四年生になり、長女は幼稚園年長、次男は1歳になりました。

そんなに子育てで思いつめたりすることはない。

長男とはぶつかることも多いし、イラついてつい暴言を吐いてしまったり、

傷つけてしまうこともまだまだ多い。

良い母親にはほど遠いけど、幸い子供たちは今のところ大きな問題(不登校やら事件やらトラブル)なく

過ごしている。



最近の自分の悩みといえば、自分の中のこと。

旦那が酒に酔って暴れる、たまにDV、になるのは書いたことあるけど、

その積み重ねで、私は今旦那が飲みに行くと不安で不安で眠れなくなる。

幼少期に父親が同じく酒乱で酔っぱらってかえってきてはドタバタ暴れて、

暴言罵声がとんで母の泣き叫ぶ声がして・・・あの時布団の中で心臓ばくばく

鳴らしながら早く終わって早く終わって、早く寝て早く寝て、と願っていた。

まさしく、それと全く同じ気持ちになる。

帰ってきて足音がするだけで、恐怖で打ちのめされる。

死にたい、とまで思う。

旦那にはもちろんその話をしていて、飲んだ日は寝室にこないで、

リビングで一人で寝てほしいと何度も何度もお願いして、

分かった分かったと何度も言っているが、なんせお酒が入るとそんなこともふっとんでしまうんだ。

私はどうしてあんなに嫌だった酒乱の父親と同じような、酒乱の旦那を持ってしまったのか。

これが「多重被害」という症状なのか。

自分はまだそれでもいい。だけど、子供たちに申し訳なくてしかたない。

その「酒乱」の部分を除けば、仕事は人並み以上にやってる人だし、

子供への愛情もある、私のこともちゃんと「女性」として見てくれている。

豪快な性格で自由人だから、周りからは大変だね、とか言われること多いけど、

私からしてみたら、「酒乱」以外はなにも問題ない。



お酒をやめるのはたぶん無理。

ならば、どうしたらいいのか。

ほんとに真剣に考えてる。

夜のトラウマはけっこう辛い。


酒乱とともに生きる。

そんな運命はいらない。












川崎の中学1年殺害事件。
被害者は、長男の友達の友達。
すぐ近所の話です。
ネットでは、これまた友達の友達が犯人だと名指しされて顔写真まで回り、
真実がどうであれ、あっという間にネット上に広まって大騒ぎになった。


少年事件なんだろう。
未成年保護とか、本当意味ないなって思った。
川崎南部は治安が悪いと言われ続けてるけど、全国的にも子供がすごく多いところ。
まわりを見ても一人っ子は少なくて3人、4人は当たり前。
小学校や中学校も徒歩圏内に何校もある。
治安の悪さと、子供の多さで、少年事件の数は多いと思う。


去年、我が家にお金を盗みに入ったのも、地元育ちの22歳の青年でした。
なにを隠そううちの長男は3年生ですでに人様の家のお金を友達と一緒にくすねてしまいました。
やんちゃな子供は溢れてる。
環境的に、いわゆるいい子になるのは難しい。
だけど、どんなに喧嘩して、どんなに万引きしても、いいとは言わないけど、人の命まで奪ってしまうなんて…本当に悲しいし悔しいしやるせない。
人を大事にできない。
自分も大事にできない。
その背景にどんなものがあっても、
命を奪う、
人を傷つける、
その行為は、許されない。



カッターや結束バンド。
年上の、複数の相手に暗闇の中死ぬまで暴行されて、どれだけ怖かっただろう。
痛かっただろう。
悲しすぎる。



どんなに生意気いっても、
やんちゃでも、
たとえどんな理由があっても
ここまでやるなんて本当に許されない。


色々な説があるけど、
こんな悲惨な事件が起きてしまった理由のひとつは、大人の子供への無関心だろう。
大人に心を見せられない。
語れない。
そんな子供にもっと深く関われない。
被害者にたいしても、加害者にたいしても、そう。
親は?
親戚は?
先生は?
学校に来ない。家に帰ってこない。そして、なにより痣。
私なら問い詰めるし、なにも話さず把握できないならその時点で誰かに、児童相談所ないし学校にも相談をしたと思う。
忙しかったのだろうか?
夜働いていたのだろうか?
まず、親。
事実を把握していた他の保護者(いたと思う)
そして、学校。
地元の少年少女たちと話してきた警官。
セイフティーネットにかからず、命が消えてしまった。


助けて。
子供が、そう言える大人。
そう言える大人と子供との信頼関係。
いじめで自殺なんてのも絶えないけど、それも同じ。
狭い世界でどうしようもできないんだと思い込んでしまう。
だけど、そうだ、あの人に話してみようと思える大人が周りに浮かぶ。
そうでなきゃいけないんだと思う。
私も自分の子供はもちろん、
そのともだちや、関わりのある子供たちにアンテナを張って、こんなのお節介かな?と思う前に気になる小さいことでも声をかけたりしようと思わせられた。
とくに、土地柄トラブルが深刻だったりするから。


私は幼稚園や学校のママたちを見ていて、
最近の親は子供の世界に介入しすぎだな、口を出しすぎだな。と思っていた。
そんなことしてたら自分でなにも解決できない大人になる。
だから私は、子供が泣いて帰ってきて、どうしたの?と聞いても話さない時は放っておくし、ああだこうだ話し出しても、たとえば○○に~されたと話しても、じゃあやり返しなよ、とか自分で考えろと返したりする。
だけど、本当の困りを親が見過ごすことは絶対にだめだと改めて気づかされた。
私はとくに、自分が親に甘えられない環境で生きてきたせいか子供が頼ってくると、甘えてんなよ?と突き放してしまう癖がある。気を付けなきゃいけない。
そう思った。


苦しんで悲しんで亡くなった少年のためにも、はやく犯人が逮捕されて、しっかりと裁かれて教育されるといいです。


それでも、消えた命は戻らない。


命の大切さ。ひとの大切さ。自分の大切さ。


もっともっと大人が子供に伝えていかなきゃいけない。


近所に住んでいるのに、
助けられなくてごめんね。遼太君。
川崎の人たちはこの事を無駄にしないようにがんばるよ。




http://www.asahi.com/sp/articles/ASH2L4JD9H2LULOB00B.html



厚木母親が2児殺害。

気づけばニュースから聞こえてくるこの手のニュース。
また、か…。


育児の不安から、どうして殺すという行為に発展してしまうのか。
正常には考えられないんだろうな。


穏やかな暮らしがなきゃ、
誰も穏やかにはなれない。


平和の中にいなきゃ、
誰も平和な心は持てない。


それでも、同じ環境にいても、
強い自分を持っているひとは、
困難を乗り越えていく。


強くなれないなら、
周りにとことん助けを求める。


この手のニュースで感じるのは、
いつも助けを求めてはいるけど、
諦めが早いこと。
もがいてもがいて、
色んなひとに、たくさんのひとに、
助けを求めたけどダメだった…というのを見ない。



助けを求める難しさ解る。
けど、この平和な国の、平和な時代。
心も豊かな人が多い。
どんなに難しくても、
子供のためなら…とことん助けを求めて、
あらゆる手を探して…と思う。



実際自分ができるかは、別。
自分がそうならないように、
何度も何度も、なん十回でも、
言い聞かす。



子供は、世界のたからもの。








長男がバレンタインでもらってきたチョコたち♡
今年は大量だった。



そんな彼に昨日の夜も、朝もガミガミ怒りまくってしまった。
調子にのりやすくてだらしないとこあるし、ずる賢さもあるけど優しい子です本当は。ね。








暖かい家。


愛情くれる子供たち。


暖かいごはん。











それ以上必要かな?


欲張りは自分を辛くするだけ。






友達を見てて、思ったこと。


そこにある幸せ感じなきゃ損。




凹むニュースやドラマはたくさん出会うけど、
久しぶりになんか食欲がなくなるくらい堕ちるニュースがあった。



http://www3.nhk.or.jp/news/html/20141225/k10014283691000.html

懲役15年。そうなれば出てくるのは30代半ばくらいか。
愛され、可愛がれ、無邪気に過ごすはずのこども時代。
遊び、学び、夢や恋、輝かしい10代。
仕事や遊び、様々な経験を積んで成長する20代。
今の日本で当たり前のように用意されている恵まれた平和な環境。
もちろん、その中にも個々に悩みや困難はある。
だけど、義務教育すら受けられず、理不尽な親に振り回され続け、自分の意思や希望など持つことすら考えられず、社会から疎外されたまま親の支配下で生きてきた。
そんな彼が、犯してしまった罪。
だけど、その前に、子供にどんな罪がある?
親戚に金を無心させられていた少年。親戚は、なにも言わなかったか?
どんな暮らしをしていたのか、学校には行っているのか、どこに住んでいるのか、元気でやっているのか。金を無心する子供をもっと気遣いすることはできなかったか?
どうして?
ホストにはまる母。帰ってこない母。ラブホを泊まり歩く暮らし。公園で寝泊まりする日々。母の恋人に、養父にはささいなことで殴られる。
学校にいくことすらできず、毎日少年は何を考えて何をしていたんだろう。
母に逆らうと捨てられると思っていたと語る彼は事件当時17歳。
世間から見たら、自分の意思で抜け出し仕事もできる年齢。
逃げたかったら逃げたらよかったんだ。というのは、なにも理解できていない者の言葉。
閉鎖的に、意思を殺されながら生きてきた彼が、暴力で支配され、ネグレクトで存在価値を、自信を無くした彼が、通常の人の考えることができると思いますか。
殺人は殺人。重くて逃れられない罪。
だけど、長年なんの罪もない子供に生き地獄を与えるのは、命を奪うことと値するくらいの罪があると私は思っている。
殺された祖父母も私は罪があると考えている。
孫をどうして気遣ってやれなかったのか。どんな暮らしをしているのか分かっていながら目を背けていたのではないか。金を要求され断られ帰る孫がどんな思いをするのか想像しなかったのだろうか。自分の娘がどうしようもない暮らしをしていて、そこになんの罪もない孫がいると分かっていながらなぜ何もできなかったのか。
児童相談所はなんのためにあるのか。孫を保護してもらうことだってできる。
もっといろんなことができたはずだった。

殺してでももらってこい。

母のその言葉。殺害を指示したものではなかったかもしれない。
だけど、その言葉がどんだけキツく痛い言葉か。まず考えてほしい。

殺してでももらってこい。

そんな言葉を吐けるような母に支配されて生きていた少年の心は?
正常に保たれると思う?



懲役15年。私は重すぎるし間違ってるって思う。
医療少年院に行って、心の治療としっかりとした教育を与えてあげて欲しい。
こんな養育を受けて、与えられるべきものを全部スキップして生きてきたあげく、人生の大事な時期を刑務所で過ごし、ようやく社会に出るのが30半ば。その時彼は、生まれたての赤ん坊のように普通のことが分からず、30半ばから赤ん坊のからやり直さなければならなくなる。それを受け止められるような社会は成り立っていない。普通の幸せな穏やかな暮らしが、そこから一人で築けるとは思えない。そんなの酷すぎる。

これは単なる私の意見。
人を殺したのは事実。その罪の重みを感じさせるのは大事だという裁判官の意見はよく理解できる。だけど、私はなんの罪もなかった子供がそんな養育環境で生きてきたというその人生を優先的に考えて、今後の彼の人生のことを考えれば少年院送致が適切だと考えている。やり直しがきくのはまだ10代である彼の救いの部分。もう一度生き直すのなら一日でも早いほうがいい。30半ばから生き直すのと、今すぐから周りの大人がしっかりと彼を生き直させるのでは、人生がまったく変わってくると思う。

私は、彼がこれから自分の意思をしっかり持ち、楽しいことをしたり、愛おしい気持ちをもったり、ストレートに悲しみ、笑い、怒り、自由を知り、一人の人間としてしっかりと生きていけるようになってほしい。というより単純にこれからさき幸せに、幸せを感じてもらいたい。できなかったたくさんのことをしてもらいたい。そう思ってる。反論するひとはもちろんいると思う。人を殺しておいて幸せに?私は、このケースは、幸せになるべきだって思っている。

人を殺したやつは全員同じように殺せばいいのに。

そういう考えを持っている人もいる。
だけど、そんなに単純なものではないと改めて考えさせられた事件。
なにより、切なくて涙が出てきた事件だった。


私は、中学生の頃人を殺すということについて、悪いやつなら問題ないという考えだった。
父親に異常な殺意を抱いて殺害計画をノートに書いた。
それは、半分は母親に植え付けられた間違ったものだった。
子供にとって親は、たとえそれがどんな親でも、信じたいもの。
だって自分を産み落としてくれた、自分の原点であり、愛されることをどんな子供も望むから。
そこに間違いがあったとしても、すぐに気付けるほどの知識はまだ備わっていない。
男にかまけて母が帰ってこない。それでも母は悪いわけではない。
悪いのは家庭をかえりみない父親のほうだ。母を男に走らせたのは父親だ。父親が完全に悪。母はたとえ育児放棄だとしても、悪くない。被害者。
私の頭は完全にそれ。


なんか、話がそれたけど
実の親に、大人に、苦しめられるこどもが一人でも減ってほしい。
それと、自分がそんな大人にならないように常に心がけて母をやりたい。


前に、育児放棄で子供を死なせてしまった母の記事を書いたけど、誰にでもそんな大人になってしまう可能性はあると思う。余裕のない心は本当に怖い。
周りを、冷静にちゃんと見える目。心。
どんなに忙しくても、
どんなに嫌なことがあっても、
見失わないように頑張ろう。