今は無くなってしまった古き良き時代の日本車。
日産は今はゴーン社長の気まぐれ会社になり、
美人のトヨタ。べっぴんのニッサンとはもう言われない時代です。
トヨタが一般受けするデザインなのに対し、
ニッサンはどこか濃いデザインでした。
VIPカーブームだった頃はニッサンでは
・セドリック
・グロリア
・シーマ
・インフィニティーQ45
・プレジデント
とイカツいデザインが揃いも揃っており、
フルスモにしたヤン車やヤクザ車が多く走っていたものです。
対してトヨタは
・クラウン
・マジェスタ
・セルシオ
・センチュリー
スポーツ系ではアリストもVIP系にカスタムされておりましたね。
さて、その中で私が若かりし頃に選んだ車種はと言いますと、
ニッサン シーマです。
モデルはY32型の93年車だったはず。
色はダークグリーンで内装はベージュです。
皮シートではなく、モケットだったのですが、
このモケットがかなり曲者でして、弱いったらありゃしない。
私が乗る頃には既に発売から7年くらい経過しているので、既に走行距離も8万キロでした。
その程度のシーマはほとんどの車がモケット破れしておりました。
特に運転席の右わき腹の部分です。
乗り降りするのに一番スレるのでしょうね。
私のは買う時に運転席だけ皮シートに交換されておりました。
買った車屋が破れていたので、部品取り車から皮シートを取り付けたようです。
まぁ私も若かったのと、初めてのVIPカーで浮かれまくっていましたから、
あまり気にしないで買った覚えがあります。
当然、ヘッドライトもHIDなんて入っていませんし、
まだ15万円はしていた時代ですので、なるべくHIDに見える青っぽいハロゲンランプを入れていました。
まだフルスモがOK?だった時代なので、自分で先輩に習って貼っていましたね。
透過率5%以下の超黒スモークです。
何度か失敗したり、パトカーに剥がされたりして実績を積んで、最後はプロ並でした。
ポイントは内張りを剥がして行うって所ですね。
それでもリアガラスはキツイカーブで姿勢も大変なので、
専用設計のハメ込み式のスモーク板を取り付けていました。
もう真っ黒。
ナンバープレートカバーもまだ合法で、色々とあの手この手で工夫していたものです。
スプレーで真っ黒にしている人や、同じくスモークフィルムを貼っている人など。
私は斬新にもカバーの梱包している厚紙を切って、そのまま中に仕込みました。
パっと見ると日本のナンバーなのですが、良くみると完全にメチャメチャです。
白地に緑の文字でアルファベットやら数字が書いてありました。
今考えると完全に頭イカレテいるのですが、当時はそれで満足だったのです。
アルミホイールも当時最高サイズと言われた19インチです。
ワーク?のVSXXという種類だったはずです。
前が245/35 後ろが275/30サイズでした。
ホイールのリムをぶつけると削れる事も知らず、かなりバカだったと思います。
路中する時は縁石にぶつけながら駐車していましたね・・・。
当然、即効ボロボロでした。
でも、なぜか心が痛まない。知らないって恐ろしいですね。
まぁそれでも空気漏れも無いし、バーストする事も無かったですね。
暇さえあれば傷消しワックスで磨いていました。
まだコーティングが一般的ではなかったので、普通の事でしたね。
カルバナロウが~~。シュアラスターが~~なんて話ばかりです。
暇さえあれば磨いていましたから、
お陰でピカピカでした。しかも、1週間に2回はガススタで洗車です。
FK2洗車で傷埋め効果を期待していましたね。
2万円くらいの洗車チケットをバカスカつかっていました。
顔さえ見ればチケット売りにくる位、洗車バカな客だと思われていたと思います。
トランクは貰ったティッシュペーパーの箱が山積みでした。
当時、営業にも使っていたのでかなり走りました。
毎日100kmは走ります。しかもリッター4kmしか走りません。
まだガソリンがハイオク100円くらいでしたが、毎月7万円はガソリン代に消えてましたね。
毎月3000キロ走りますので、毎月オイル交換です。
家で過ごすよりも長い時間、車にいたのではないでしょうか。
それくらい車中心の生活でした。まぁ仕事でもありましたけどね。
そんなY32シーマの特徴を自分勝手に評価してみます。
●良い所
・塗装の質が良いので、光る。
・エンジンの吹けが良い。かなり回ります。
・スピードの出が早い。ダッシュ効きます。軽いのかな??
・リアシートのリクライニング機能良い。すわり心地も良い。
・クラクションが指で簡単に押せる。左右にボタン式で設置。
・車内に各所間接照明。夜間も雰囲気あり。
●悪い点
・プラグ交換が難しい。工賃で5万円取られる・・・。
・モケットシートの破れやすさ
・ブレーキの効きが悪い。
思った程悪い点が出なかったのは予想外。
まぁそれだけ良い作りだったって事ですよ。
バブル時代の車はコスト削減していないので良いですね。
さて、この車の思い出ったら、
スピード出した事しか思い出さないくらい、スピード出ます。
高速は当然の様に180kmで走っていましたね。バカです。
一般道でも法廷速度+50kmくらいで走っていました。バカです。
何度か人を轢きそうになって危険だった事も・・・。
100kmくらいでマジで轢きそうになって、
とっさにハンドル切ったら、
タイヤがキキキキ~~~~って鳴って、
中央分離帯に突っ込みそうになって、ハンドル切ったら逆に突っ込みそうになったけど、
奇跡的にスピンはしなく、その後普通に走ったのは神のご加護です。
ご先祖様ありがとう。
高速道路で180kmで走っていた時の事、
2車線しかない高速道路を追い越し車線を永遠と走行中。
突然の工事中。
しかも左車線は結構混んでいた。
フルブレーキしたけど全く効かない・・・。虚弱なブレーキ。
工事現場に突っ込むギリギリで、無理やり左車線に突入。
奇跡的にぶつからずに割り込み成功。
前後の車もビビッたと思う。かなり。
助手席の友人も悲鳴上げていたけど、二人で奇跡だと信じた事件。
あとは思い出せないけど、何度もヒヤヒヤして、
毎日が戦いのような日でした。
そうそう、冬季はFR駆動としては辛いものがありまして、
ジェームスで進められたミシュランのスタッドレスが、
詐欺じゃないかと思う程、効かない。あれは詐欺だ。
そんなもんだから、5万円くらいかけて「弁慶」っていう簡易スパイクを打った。
店員も驚く程、打ち込んでやった。
意気揚々に店を出て、トロイバスを80kmくらいで追い越したら、
見事にスピンして、対向車線に突っ込んだ。
あれが初めての事故。しかも交番の前。便利な場所。
10:0で私の負けです。
まぁそれでも冬の事故は大事にならないんですよ。滑るから。
バンパー壊れただけでした。しかも保険で無料修理。
だから懲りない。
2年か3年くらい乗ったかな。
10万キロを超えたくらいでオートマが滑りだして、
なんだか怪しいので、怪しい知り合いに売ってもうた。完全に本職。
まぁ、その後車を見る機会があったのだが、後部を思い切りぶつけてへこませていた・・・。
オートマが原因じゃないけど、なんとなく心が痛んだ。車に対して。
そりゃそうだ。ピカピカにして可愛がっていた相棒だもん。
車内では色々と繰り広げられていた青春の1ページ。
あんな事も、そんな事も、はたまたあんな事までしてしまった車の中。
思い出一杯の宝船のような愛車でしたね。
一生忘れない愛車です。









