2024年も既に1月が終わり、2月になってますね。
正月明けの一月前半に、92歳実母が家の中でふらついた拍子に
あちこち壁や柱の角で腕や背中を打ち付け、結構な出血したり、
まあまあ目から火花が出そうな勢いで頭をぶつけたり等、
立て続けに2回あり、頭は色々心配なのでCTとか撮ってもらった方がよいんじゃないかと勧めたが、
全く聞き耳持たず「大丈夫」と言っていた母だが
1月半ばに三回目の転倒。(家の中)
その時は前に倒れて手を付いて難を逃れたように思ったらしいが、その後が今までの転倒の中でかなり痛くなったらしく、まともに歩けない![]()
トイレだけは何とかヨロヨロしながら自力で行っているが、
腰が痛くてゆっくりしか歩けないので間に合わない感じになることもしばしば。
(大人用のパッドは着用してるから大丈夫なんだけど)
医者に連れて行くと言っても「大丈夫」と言い続け二週間経過した頃、更に痛みが悪化。
前に背骨を疲労骨折した時の痛みと同じだという。
二日後に私が休めるからということで、ようやく医者に行くことを了承した母。
2024年2月1日
かかりつけの総合病院の整形外科へ。
まあ、朝、着替えて車に乗せるだけでも30分。
車降りて、病院の受付まで到達するにも途中で休憩しつつ、蟻さんの歩くスピード。
私が母のズボンの腰の部分を持ち上げながらの介助で、
診察室へ行くのも、レントゲン検査に行くのも、また診察室に戻るのも、私が腰を持ち上げつつで、蟻さんスピード。
レントゲン撮影では、腰が曲がり切った老婆の腰を写すのに、相当大変だったようで、
レントゲン室の前で待ってる私の所には、響き渡る母のデカい悲鳴と半泣きの叫び声![]()
![]()
![]()
相当痛かったようで起き上がれず![]()
![]()
![]()
次の人がレントゲン撮るので、母には早く撤退してもらいたい病院側。
でも痛過ぎて身体を強制的に起こされるのも、抱きかかえられるのも無理で、半泣き状態で歯を食いしばって何とかレントゲン室を退出。
そしてレントゲン室の扉の前で力尽きて、
土下座状態で休憩する母。![]()
そんな状態で、病院へ行っただけで疲れ切って数日ゾンビのような表情になっていた母ですが、
痛み止めの薬をもらったので、何とかトイレには間に合うようにはなったらしい。
しかし基本、トイレ以外はほぼ寝たきり。
完全な寝たきり生活になるか、ならないかの瀬戸際状態で三週間過ぎた先日。
母は転んでから全く風呂に入ってなかったので、私が介助するからと風呂にも入れた。
ものすごくさっぱりしたと喜んでいたが、相当疲れ切ってしまい、着替え終わるのに2時間かかり、
翌日ちょっと風っぽい発熱![]()
痛み止めの副作用なのか、ほぼ寝たきりだからお腹が空かないのか、食欲不振でどんどん痩せていく。
日によっては「私頑張って復活するから」という日もあれば
「ああ、お迎えが来るなぁ。近いなぁ。」という日もある。
食事はある程度、私がおかずを差し入れしているが、食は細い。
母が3回目の転倒から1ケ月近くになったが、
私の仕事がたまたま重い荷物を運ぶ仕事が断続的に続いてて、腰は限界状態。
母の病院の付き添い時に母の腰を持ち上げて歩き回った時に、相当私の腰も無理したようで、
もう立ってても座ってても寝てても腰が辛い。
お庭仕事も少しずつはやってるけど、気分は何か上がらないし、何のやる気も起きない。
とにかく疲労疲労疲労。。。。
まあ、この歳まで殆ど世話いらずで過ごしてくれていたので、今までが幸せ過ぎたのだが、
え~、まだ色々、
お世話する覚悟も何もしてないんですけどね~。
ちょっとご飯作る手間が増えて、母の家の家事を少しだけしてるだけで、こんなに気分と身体が疲労なのね~![]()
まあ、まだオムツのお世話まではしてないから全然介護とかでもないんだけど。
という1ケ月でした。





