ご心配かけすみません。

コメントをくださりありがとうございます。

心が落ち着いたら返信させてください。

 

 

 

結婚して20年。

実は数か月前から旦那と同じような話で喧嘩というか、気まずくなったり、工夫してみたり、また気まずくなったりを繰り返していました。

旦那はある職種についていて、基本的に激務です。ここ1年は特にそうでした。

まぁちょっと特殊な仕事についていて、毎日自宅に帰る事もあれば週末だけとか、2週間に1回とか、小さな単身赴任のような状態と普通の状態を繰り返してきた20年でした。

 

 

 

 

仕事に旦那はとてもやりがいを感じています。私も凄いな~と尊敬する部分でもあります。だから家事とか育児とかより仕事中心でかまわないとずっと言ってきました。旦那がこの仕事で成功する為にはなんだってしようと、頑張って支えようと思ってきました。

でもいざ実績を積んで、責任が重くなり、職場で必要とされるような存在になると、家庭や私と過ごす時間はどんどん削られていくわけで...。

妻よりも後輩の仕事の面倒や職場の管理が優先されていくわけです。

 

 

 

 

それは本当に旦那が望む仕事のスタイルなのか?それで自分の人生はいいのか?と問いかけ、責めてしまいました。

いいとは思ってないけど、自分が思った所に着地できていない、それが旦那の答えでした。

人間そうゆう事ってあると思うのです。思い描いていた所と違う場所に自分がいるって事。

 

 

 

 

でもそうやって旦那を責めている時にある自分に気付きました。

違う。

仕事が出来るようになって、放っておかれているような気になって、もう私は必要とされていないのではないかと勝手に自分で思ってるんだと。

 

 

 

 

旦那を支える妻という肩書に依存し、もっと言うなら、親に得られなかったものを旦那に依存していただけだったのだと。

自分自身に価値を見出せないアダルトチルドレンが、他人の人生に依存して、その人の面倒を見ていく事で自分は価値がある存在だと思い込むのはよくある事だそう。

子供の頃から無邪気な子供である事を許されず、親の代わりに問題を処理し、親代わりをしてしまったアダルトチルドレンの特徴とも言える。

 

 

 

 

あぁ典型的に自分もそうだ..と思いました。

私の母はそうやって自分自身がなく、結婚して離れていく私に対して私をコントロールしようとした。あなたを想っているの!と言いながら、自分が幸せになるにはあんたが必要なんだという母の心の中が私には見えて、ウンザリした。

でも自分もそうだ。

自分に価値がないから旦那の人生に乗っかっていただけかもしれない。

子供達が大きくなって、母という自分の存在も小さくなっていき、余計に旦那への依存が大きくなっていた。

 

 

 

 

ここ10年、家事、育児、仕事と忙しく、これからは趣味とか友達と出掛けるとか、楽しむ事にも挑戦したくて仕事は減らそうと思いシフトを減らしました。

実際少しづつですがそうゆう事に動き始めたんです。

でも旦那との時間を過ごす事が一番大きなやりたい事で、でもそれは旦那にべったり依存している事でもあったのかと、どうしたらいいのか自分がわからなくなりました。

 

 

 

 

結果、ずっと眠っていたい。明日がこなくてもかまわない。そうゆう思考に陥りました。

12歳や14歳の頃の私もそうでした。

親の事で疲れ、自分に価値を見出せなくて、自分を傷つけようとした。もう終わっていいと..。

久しぶりにその思考になり、あぁ何ら自分は変わっていなかったと絶望しました。

 

 

 

 

親の事は完全には解決していないけど、考えないようになったんです。

毒親と離れたからだ!

私は変わったんだと思いました。

闘いは落ち着いたんだと思いました。

でも問題は私の中にありました。

こんな根深い所に毒があったなんて、初めて気づきました。

 

 

 

 

自分は存在してていい。

それは旦那や子供達に必要とされるからってだけではなく、自分自身がそう思わないといけない。

その為には何が必要かを考えています。

本当に毒親から解放されるってそうゆう事なのではないかと。

 

 

 

 

大丈夫かな、ちゃんと文章になっているでしょうか?

読みずらかったらすみません。

とにかくここからが闘いの始まりだと気付きました。

旦那も久しぶりに本格的な単身赴任になりました。

それも自分がこの事に気付く大きなきっかけだったと思います。

気分の浮き沈みがあるので、吐き出したい気持ちだけを吐き出したい時に書く事になると思います。

しばらく休むと言いながら勝手ですみません。