人生は思っている以上に短い。
そして、その短き人生の中で、
私たちは気づかぬうちに、
過去の心の痛みや、誰かの言葉、自身の未熟さに涙し、心の底にいつしか後悔の念を溜めてしまう。
しかし本来、人生とは、
誰かのために形を整えるものでも、
誰かの期待に応えるために自分をすり減らすものでもなく、
我が人生を、我が心のままに"味わい尽くす"ための旅路であります。
泣き、笑い、怒り、喜び、
そのどれもが、今ここに厳然と「生きている証」であり、
私という魂を、どこまでも磨き深めんがための、果てしなき人生の旅なのである。
気づけば、人生の終わりは
私たちが思っているよりもずっと静かに、そして近くにある。
人は必ずしも、老いてから旅立つとは限りらない。
今日が最後になる命もあれば、
いつもの日常が続く奇跡の明日もある。
私たちは、当たり前に訪れる日常の"奇跡"の中で生かされているのです。
どうしたって100年も経てば、この世界から私たちの痕跡はゆっくりと消えていきます。
名も、姿も、声も、その時代に厳然と存在していた証さえも…
ただ宇宙の記憶の中にのみ残されていくのです。
それでも、今ここに生きている"この一瞬"だけは、紛れもなくこの世界に存在しているのです。
だからこそ私は問いたい。
あとどれくらい生きられるのだろう。。
ではなく、
残されたこの瞬間、この時間をあなたはどう生きたいのか。
どんな思いを胸に、誰と笑い、何を愛し、何を残してゆきたいのか。
子どもの頃、あなたにはどんな夢がありましたか。
世界は無限に広がり、未来は光のように輝き、
何にでもなれると思っていた、あの無垢な魂。
その夢は、もしかしたら今も私たちの心の片隅で息を潜め、
「いつ思い出してくれるの?」と、そっと待っているかもしれません。
そしてもうひとつ。
大切な人へ、
あなたはきちんと言葉を贈れていますか。
大切なのは言葉として口に出していくことです。
「ありがとう」
「愛している」
この二つの言葉は、
人の心を救い、未来を変え、
ときに"生きる力"さえ呼び覚まします。
伝えたい時に伝えねば、
その瞬間は二度と同じ形では戻って来ないかもしれない。
どうか、今日あなたが誰かを想うなら、
その想いをそのまま言葉にしてあげてください。
明日が来ることが奇跡なら、
"今日という日もまた奇跡"なのだから。





