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【 本日もご訪問、有難う御座居ます。
そして、初めて訪問なさって頂いた方々には、誠に勝手では御座居ますが、ここから先のお話を理解して頂ける為に “ 新・龍馬暗殺 ” の第一部から先にお読みになって頂ける事をお勧めします。
宜しく御願い致します。

作者 : z h e n 】



最終部 : 第九幕 ~ 明かされる真相 ~

本来、刺客を送り込む場合は一流の精鋭達が出陣する。

その腕は確かであり、確実に狙った獲物を仕留めるはずである。

が、

“ 中岡慎太郎 ” は、十一か所も斬られて居たにも関わらず事件後、二日間生きていた。

彼は目撃者でもある為、龍馬同様に瞬時として亡き者にされるはずである。

手慣れた腕を持つ刺客達に襲われ、十一か所も斬られながらも何故、彼は
事件後、二日間も生きていられたのであろうか。

その答は、

女の力で斬られた為に傷が浅かったからであった。


最終幕 ~ 犯行後記 ~

話し合いから口論の末に激怒し “ 坂本龍馬 ” を斬ったのは “ 中岡慎太郎 ” であった。

そして、その犯行現場を見てしまった復讐心から “ 中岡慎太郎 ” を斬ったのは、新撰組が常店にして居た “ 瓢亭 ” で働く龍馬の愛人 “ お稲 ” であった。

その後、龍馬を暗殺する為に刺客達が近江屋に姿を現すが、彼らは
“ 京都見廻組 ” と見てよいだろう。

“ 中岡慎太郎 ” が事件後、二日間生きていたと言う記録は残っている。

その原因は、斬った刀が “ お稲 ” による女の力であった事によるものだった。

そして、苦しい死の床にありながら “ 中岡慎太郎 ” は、土佐藩の “ 谷 守部 ” 達に事情聴取を受けるが、自分は武士ゆえ “ 女 ” に斬られたとは口が裂けても言えず二日間、嘘をつき通し死んでゆく。

結果的に龍馬暗殺事件の闇は、事件の翌日に亡くなった近江屋の下僕 “ 藤吉 ” による少しの証言と生き証人でもあった “ 中岡慎太郎 ” の嘘と言える証言の大きな違いも重なり、更に事件は迷宮に近くなった事が今も謎として語られる由縁ではないかと思われる。


~ 最後に ~

事件があった二ヶ月後の翌年

慶応四年一月十九日

清水寺の舞台から一人の女性が飛び降り自殺をしている。

亡くなった女性は “ 京都先斗町瓢亭の飯炊き係 ” と記録されており、その者の名前は “ お稲 ” と記載されている。


龍馬が暗殺された、十一月十五日は、龍馬の誕生日でもあり命日でもある。

妻の “ お龍 ( おりょう ) ” は、六十六歳で生涯を終えるが、奇しくも彼女が亡くなった日もまた

十一月十五日であった。


そして、薩摩の屋敷で行われた “ 龍馬とおりょう ” の結婚の祝言の際、仲人をしたのは、


誰あろう



“ 中岡慎太郎 ” であった。


合掌。





zhen

追記 : 明日は、この新・龍馬暗殺シリーズにて書ききれなかった疑問を外伝としてお届けします。

【 W a r n i n g 】

この話の転載、引用は固くお断り致します。

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