マイケルジャクソンは二十世紀最高のエンターテイナーだ。

創り、歌い、踊り、すべてにハイクオリティ、最高峰のパフォーマンスは世界を変えた。

暴力的強権的な父親から、兄四人とともに音楽の教育を施される。

父親との確執、相剋は、成長して実力が認められ、一流のミュージシャンになったあとも続く。

抑圧から逃れ、思うまま活動したい、ほとばしるアイデアを音楽にぶつけたいという欲求を、周囲の助けもあって、一旦実現する。

マイケルの才能を高みに引き上げるクインシージョーンズのプロデュース能力もまた巨大。

酸いも甘いも噛み分けたボディガードのビルが、多くは語らず、行動でマイケルの苦悩を包み込む。

「スリラー」は、それまでの音楽シーンをガラリと変え、見て、聴いて、踊って、ストーリーに没入するものになった。

「スリラー」は、楽器で奏でられるリズムが自然とからだに伝わってくる。

「スリラー」は、スティーブルカサーやヴァンヘイレンといった超一流のミュージシャンたちと創り出した最高傑作だ。

このあと、技術の進歩にともなって、リズムが複雑になり、機械的になっていくが、それでもマイケルの歌声にはグルーヴがあり、リズムを生み出し、タイム感が心地よい。

世間的には、大成功をおさめ、大富豪になった。

功績はあまりにも偉大だ。

凡人には想像もつかないが、一人の人間としての喜びも悲しみも、さまざまな思いもあっただろう。

マイケルが残した作品はいまも輝きを失っていない。

まったくどうでもいいことではあるものの、マイケルジャクソンのジャパンツアー、後楽園球場での公演を見た。

はるか後方の席からは、かろうじて人が動いている程度でしかなく、見た、と言えるほど見えていたわけではなかった。

曲の途中で、上手から下手へだったか、空間を瞬間移動する演出があり、しつらえられていた大きな舞台装置は、おそらく滑り台になっていたようで、マイケルが消えて、再び現れた時には歓声がわき起こったことは覚えている。

チケット代は6800円だったように思う。

当時、アルバイトしていた新宿の百貨店での日当と同じだった。

マイケルジャクソン、1958年生まれ。

個人的には、ムーンウォークが衝撃だった。

友人と道を歩いていて、パイプイスに腰掛け、カウンターを持ち、交通量調査していたアルバイトの前で、ムーンウォークをして、行きつ戻りつを二度ほど繰り返した。

「これってカウントするの?」

と交通量調査のアルバイトに訪ねたら、心底イヤそうなムッとした顔でにらまれた。

友人がバカ笑いしてくれたのが救いだった。

当然、その後もくだらない人生を過ごしてしまったが、マイケルジャクソンの歌が流れてくると、若かったあの頃を思い出す。

🎵若かったあの頃

 何もこわくなかった

 ただおばけと幽霊が

 こわかった🎵