


都営地下鉄三田線の白山駅から、路地を通り抜けて歩いて行くのは以前のままでしたが、道の両側の住宅なども建て替えられたようで、当然ながら見覚えのある景観ではなくなっていて、時の流れを痛感しながら、当時、かりに経済的に恵まれた環境にあり、予備校に2年ほど通って必死に受験勉強をしたとしても、学力が低すぎて、到底合格することなど叶わなかった東洋大の昼間の学部に通う優秀な学生の流れにつらなって向かいました。
大学の構内に入ると、まったく様相が一変しているのに戸惑うばかりで、30数年前は、木造の建物もあって、建物と建物の間にゆとりがあり、最上階が体育館の8階建ての校舎が一番高くて、唯一ビルと呼べる建物だったのが、すべて新しく鉄筋コンクリート造の建物に変わっていて、通路なども舗装されて、都心の土地を有効活用するために、校舎を効率よく建てたようで、こざっぱりしながらも、どことなく圧迫感があり、通学していた当時の面影などどこにも残されていないのは言うまでもないことで、茫然としながらも、とりあえず、6号館の学生食堂で昼食を取ることにしました。
当時も現在も変わらないのは、趣味嗜好が似ている人や、話の通じる人がほとんどいないという境遇、性分ですが、当時、たったひとりだけの友人と、薄暗く、場末の食堂といった風情の学食で待ち合わせをして、アルバイト帰りの友人とともに給食のおばさんといった雰囲気の人たちが作るカツカレーや定食などの夕食を取ってから、教室に向かっていたものでしたが、いまどきの学食は、「学生食堂」ではなく、「こぎれいなカフェテリア」と呼ぶ方がふさわしく、ショッピングセンターのフードコートの中にテナントで入っているような店がいくつか並んでいて、いろいろな料理が選べる上に、どれもが500円程度で食べられる「値打ち感」のあるメニューばかりで、迷った末、インド人が調理している本格的なカレー店の「日替わりカレー・カストリチキンカレーセット」を選択、見た目通り、深みのある味わいで、とてもおいしく食べられて、大いに満足できました。
東洋大学にとっては、あまり歓迎したくない最末端の卒業生で、社会の底辺で、何の才覚もなく、まじめに通勤するのだけがとりえの貧困労働者でしかない「アンダークラス」のため、できれば卒業生名簿から登録抹消したいのが本音だとは思われるものの、とりあえず、二部をどうにか卒業したことによって雇用してくれる奇特な会社もあり、何よりも、通学していた当時、友人と8mm映画を撮ったり、一応の勉学に励んだりしたことは、いまも思い返すたび、酸っぱく、ほろ苦くも、ほんのりと心をあたためてくれる思い出の数々であり、友人への感謝だけは忘れようもなく、ろくでもないことばかりして、迷惑ばかりかけていたことも、いまとなってはわびるほかはありません。