


「オリックス―ソフトバンク戦」と「砂の女」を見て、任務完了し、宿泊した京都八条口のビジネスホテルをチェックアウトして、駅の中の観光案内所に立ち寄り、何か興味を引かれるような観光地がないか、チラシをながめていたら、「別荘、別邸、旧宅。夏だから、明治のプライベート空間をめぐりましょう」という惹句が目に留まり、「無鄰菴」と「旧三井家下鴨別邸」「岩倉具視幽棲旧宅」の3施設共通チケットが1000円で販売されているらしく、地下鉄東西線の蹴上と京阪電車の出町柳、叡山電車の岩倉と移動しなければならないのにはいささかためらわれたものの、一日で一気に回ることにして、地下鉄に乗り込みました。
山縣有朋の別荘・無鄰菴では、伊藤博文や桂太郎、小村寿太郎らも訪れた洋館や、琵琶湖疏水から引き込んだ流れのある池泉とマツやカエデなどの植栽が調和して、奥行きを感じさせる借景なども計算されつくした庭園にはさすがに見ごたえがあって、庭園の解説などのビデオも見ていたら、時間がたちまち過ぎ、三井北家10代高棟による三井11家の別邸・旧三井家別邸では、3階の望楼にこそ上がれなかったものの、天井や釘隠し、格子窓など細部に魂のこもった建物は、なつかしさを感じさせつつも職人技の造作に心が浮き立ち、2階から見下ろす庭園にも時間を忘れ、岩倉具視が購入して母屋などを増築した旧宅・岩倉具視幽棲旧宅では、のちに王政復古の立役者として新政府の中枢に躍り込み、首脳として活躍する前の蟄居時代の住まいとはいえ、岩倉具視という歴史に刻んだ大きな名前と茅葺きの家が不釣合いで、あまりにも質素であることに驚かされました。
3施設を駆け足でめぐりましたが、どこもかなりの人で建物内がにぎわっていて、まずはガイドの解説があり、質疑応答の時間もあり、問いかけにも真摯で的確な返答があって、その説明を聞いた妙齢の婦人が「京都に何十年も住んでいるけど、ここには初めてきた」というのを、違う2つの施設で、違う妙齢の婦人が2人発するのを聞かされ、近くを通りがかることはあったとしても、確かに内部にまではなかなか入る機会はないだろうな、と受け取ったものの、これこそが京都の奥深さであって、月に一度や二度きたくらいで何かつかめたり、わかったりできる道理もなく、「京都には頻繁にきてますから」などと、訳知り顔で得意になってネットで知ったようなあさはかな知識を語り始めようものなら、「おまえはアホか」と大阪の人のようにはっきり口にしないまでも、表面的には何も浮かび上がってこない表情ながら、心の底から呆れられ、冷たく軽蔑されるだけであり、嘘やまやかしがまったく通用しない厳しさがあり、薄っぺらな口から出まかせがはばかられる空気が漂っているのがとてつもない魅力であり、「行った、行った」などと自慢すればするほど浅ましさが浮き彫りになり、わかったふりができないのが歴史と文化の厚みと重みだと思われます。
「高御座はまだ京都にあるんですね」とか、「東京なんて田舎の人が集まって都にしてまだ150年ですよね」などと決して言葉にされなくとも、恐れ入りながら拝見させていただき、卑屈ではなく、謙虚な態度が田舎者に求められていることを自覚した上で、楽しませてもらい、これからも虚心坦懐、襟を正して上洛するつもりです。