イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

目黒にある「ホテル雅叙園東京」は、昭和3年(1928)に東京・芝浦の自邸を改築して、料亭「芝浦雅叙園」の経営を始めた細川力蔵が、昭和6年に、当時は東京の郊外であった目黒川沿いの荏原郡目黒町一帯の土地を取得し、日本で初めての結婚式場を兼ねた料亭「目黒雅叙園」を開業したことに端を発して、現在も、ホテルや結婚式場、レストランなどが営業している複合施設で、贅を凝らした天井画や欄間絵、調度品などのある7つの部屋が連なる「百段階段」も含め、豪華絢爛な装飾が施された館内設備は、さながら王侯貴族の館であり、竜宮城もかくやと思わせる浮世離れした空間でした。
ロビーフロアの突き当たりにある「旬遊紀」は、雰囲気のいい中華料理店、比較的高級な中華料理店にはたいがい設置してある円形の「回転テーブル」の発祥の地とされていて、昭和6年に細川力蔵が考案したそうで、いまや中国や香港といった中華料理の本場ばかりでなく、欧州やアメリカ、東南アジアのレストランでも見かけたことがあり、経営者として一流であったばかりでなく、アイデアが浮かんできて、実際に使えるものを作り出すことにも長じていたようで、建築や美術に対する見識なども卓越し、人物としても、とても魅力的な人であったのだろうと思えます。
日頃立ち寄っている中華料理店といえば、カウンターや床、換気扇などが脂ぎっていたり、油で汚れた前掛けをした恰幅のいい店主が中華鍋を振っていたりする店で、定食や麺類をかき込み、食べ終わったら、支払いを済ませて、すぐに帰るだけでしかなく、きちんとした制服を着こなしたウエイターやウエイトレスがうやうやしく席に案内し、コースになった料理を丁寧に運んできて、料理の説明をしてくれるなどという経験が片手でも余るほどに数えるほどしかないもので、「真鯛のワンタンサラダ」や「海老と白インゲン豆のチリソース」、「カイラン菜のオイスターソース」などと言われても、何が、どうなっているものなのか、想像もつかず、食べてみて、「うまい」という何のひねりもない感想しか浮かんできませんでした。
落ち着いた雰囲気の店内で、うまい中華料理を食べるなどという幸福な時間は、かなり分不相応な感じもぬぐい切れませんでしたが、美術館や展覧会の話、高校野球やプロ野球の話、国内や海外の旅行の話など、いろいろな話をしながら、ゆっくりと食事をするというのも最高の贅沢であり、年に数回あるかないかのハレの日であって、またこのようなひとときが過ごせるよう、日常をどうにかこうにかやり過ごし、人生の大半を占めるケの日を無事に乗り切りたいものだと思えてきました。
「目黒雅叙園」には初めて訪れましたが、ごくまれに高級な雰囲気に触れさせてもらうことで、世の中には知らない世界が多過ぎて、自分の知っている世界などほんのわずかでしかなく、つまらない数々のこだわりが何と矮小なものかと気づかされます。