いまから30数年前、東京の夜間大学に通っていたころ、唯一の友人とともに、アルバイトが休みのたびに、映画館に足を運んでいたのですが、封切りを見るのはごくまれで、見に行くのは、「銀座並木座」や「飯田橋ギンレイホール」、「新宿昭和館」など、旧作を2本立て、3本立てで上映している二番館がほとんどでした。
当時、池袋西口にあった「文芸座」にもよく行っていて、地上は洋画、地下は邦画が上映されていたのですが、文芸地下で「大島渚特集」が組まれていて、巨匠の特集ということで、名作であろうという期待に胸をふくらませて見に出かけました。
記憶が確かであれば、「新宿泥棒日記」が上映されていて、物語というほどでもない物語が佳境に入ったころ、渡辺文雄や戸浦六宏、佐藤慶らが車座になって、うだうだと議論している様子がスクリーンに映し出されている時、客席の中段くらいに座っていた男が立ち上がり、通路を出口の方に向かって行き、一番うしろまできた際にスクリーンの方に振り返り、「こんなつまんねえ映画、見てらんねえよ」と大声でわめいてから、暗幕を押し開いて、一瞬、白い光が差し込み、「わけわかんねえよ」などとつぶやきながら出て行ったのがわかりました。
この映画にも登場していた唐十郎が紅テントで芝居を打っていたころであれば、「こんなつまんねえ映画、見てらんねえよ」とわめいた客に対し、すかさず「貴様にとっての映画鑑賞とは何だ!」などと観客が応酬し、「何だとは何だ、コノヤロー」などと言い争いになり、「他人の映画鑑賞を妨げる権利など貴様にはない」などと言いながら殴りかかって、「入場料返せよ、バカヤロー」などと怒鳴る他の観客や、さらには映写技師やもぎりの人も駆けつけての大乱闘になったであろうとは思われますが、当時はその手の熱い思想を持っている人はすでにいなくなっていて、言われた観客の方がしゅんとなって、「つまらない映画でも、一応、最後まで見させていただきます」と申し開きをしたいような空気に覆われて、ラストシーンで泪橋の交番が労務者に襲撃されて炎上して、唐突に終わる理不尽さに、「あの人の言う通りだった」という思いを共有したと感じられました。
上映中にもかかわらず、思いのたけをぶちまけずにいられなかった腹の底から突き上げてくる衝動には、迷惑でありつつも、正直さに感心もしますが、その人が何を期待して見にきたのか、いささか気になるところで、女体の神秘や究極のエロスであれば「その筋の専門館」へ行くべきであり、ガソリンスタンドが爆発したり、ヘリコプターが墜落したりするのが見たければ「大島渚特集」にはきてはならず、穏やかな気持ちでへらへら笑ったり、込み上げてくる哀しみに肩を震わせたりしたければ、「ぴあ」や「シティロード」などで個別の映画の情報を仕入れてから見に行けばよかっただけの話で、わざわざ立腹するために暗幕をくぐったわけでないにしても、数百円の木戸銭と、人生の大切な時間を浪費しただけという形になってしまい、あまり賢明な余暇の過ごし方ではなかっただろうと同情します。
おそらくは、もぎりや売店の従業員にも、「こんなつまんねえ映画、二度とかけるなよ」とか「わけわかんねえから、金返せよ」などと毒づいていたものと推測しますが、「私もそう思いますねえ」とか「そんなこと言わずに最後まで見てくださいよ」などとは答えずに、「貴重なご意見、ありがとうございます」と頭を下げるのが模範解答のように思えて、映画の内容にまで責任を持てないのが劇場であり、「もし中身について不満なら返金します」などと打ち出そうものなら、かける写真を厳選しなければならず、うかつに「ヌーベルバーグ」などを上映しようものなら、たちまち経営状態が傾くのは必至であろうと考えられ、現在であれば、ネットで罵詈雑言を書きまくることになるのかもしれず、そういう人がいると、逆に熱烈に支持する人たちも出てくるような気にもなってきます。