


平成2年に老朽化から集合施設としての使用は停止、取り壊しも検討されたものの、多くの市民の要望を受け入れて、外観はそのままに、大規模な改築工事を行い、平成7年に記念堂として生まれ変わり、現在は、1階の展示室を越前市の歴史などの郷土資料館として常設展示がされていて、2階の展示室では、企画展・特別展が開催されていました。
2階の展示室2では、「開創1300年記念粟生寺展」が開かれていて、粟生寺の寺宝の数々が紹介されていましたが、開基と伝えられる泰澄の木造坐像や、真盛上人や真一上人の六字名号、仏涅槃図、十二天曼荼羅図などをじっくり見ることができ、1300年もの年月の法灯を継ぐ中には、当然ながらさまざまな出来事があり、時の権力者の庇護を受けつつも、法灯を支えたのは市井の信仰心の篤い檀家の人々であり、豪商の檀越の存在も大きく、越前の地には、いにしえよりの深い信仰心が脈々と息づいていたことがうかがえました。
奉納された千手観音立像や厨子の細部のつくりの丁寧さ、見事さにはまさに魂の宿るのが感じられ、地に足をつけて、日々を実直に過ごし、恵みに感謝し、人智を超えた存在の神仏に畏敬の念を抱き、決して楽ではない北陸の風土の中で、粘り強く生き抜いてきた人々の誠実さがそこにあるかのようでした。
幕末に、武生の商人・松井耕雪が私財300両を投じて立教館を設立したことによって有為な人材を輩出し、やはり、何よりも大切なのは教育であって、人づくりであることを推進したのは卓見であり、1階の展示室1の入口にある二体の銅像、帝国大学初代総長・渡邉洪基と医学者・土肥慶蔵につづく偉人を出し、武生にその足跡をたどりにくる巡礼者を集めてもらいたいものです。