


蔵の辻は、江戸時代以降、関西から北陸方面への物資の中継基地として繁栄し、それぞれ商人たちの蔵が並んでいた地域で、蔵の外観をそのままにして、店舗や住宅として再生し、中心市街地活性化の一環として整備され、平成13年度には国土交通大臣表彰の都市景観大賞「美しいまちなみ大賞」を受賞したというのも大いに頷けるまさに「美しい町並み」でした。
景観としてとても素晴らしく、飲食店や雑貨店として営業しているのに、誰もいないというのはどうしたことなのか戸惑うばかりで、日曜だから市役所の職員や市役所に用事でやってくる人たちがいないということなのか、近所の人がイヌの散歩をしたり、ウォーキングをしたりするような場所ではないのか、観光客がわざわざ足を運んでくるまでにはいたらないということなのか、まるで映画のセットのようなでき過ぎた町並みの中で、呆然としてしまいました。
地方都市では、きわめて優秀な頭脳の持ち主が結集し、中心市街地活性化策を打ち出して、少しずつ町並みが整って、魅力ある場所ができつつありますが、にぎわいをほんとうに生み出したかと問われると、胸を張って成功しましたと答えられるような事例はごくわずかであって、その大きな理由としては、そこに住んでいる人たちが一丸となって町を活気づけようとは考えていないところにあって、一部の意識の高い人たちが笛を吹いて踊っているのみで、まわりはわれ関せずで興味すらなく、美しい町並みは単発的にあるだけで、面としての広がりに欠け、ここを見終わったら、さらに見て回るところがないからよそへ行かざるを得ない点にあって、観光客にとってはほかにいくらでも選択肢があるわけであって、どうしてもここでなければならないという魅力がなければ、よそへ行くだけ、地元の人が魅力を見出して、熱意を持って人を呼び込んできて、さらに満足感を与えて再びきてもらうためには、景観、食、ホスピタリティなどの一体となった総合力、熱量が求められているわけで、従業員であろうと、客であろうと、住民であろうと、とにかく人がいないことには何も始まらないような気がします。
もちろん、そこに暮らしている人たちが満足していれば、何もわかっていない部外者なぞにとやかく言われる筋合いはないのですが、そういった部外者が落とす金銭で暮らしが成り立つというのも世の中の仕組みであって、現状は充分に潤っているとしても、いま以上に経済的に潤って腹の立つ人も少ないでしょうから、まずは無料駐車場を確保し、蔵の辻の詳細な店舗の案内看板を設置してもらい、これでもかとばかりに魅力をアピールして、寄ってらっしゃい、見てらっしゃいと呼び込みをはかり、うまいものが食べたければここへこい、というくらいの気概を見せてもらいたいものだと思います。