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上野動物園には、昭和48年夏、小学生の時に叔父に連れられてきたことがあり、福井空港から自由席で空席だらけのYS-11に乗り込み、真ん中あたりの座席に腰かけて、あめなどの菓子の入った小さなポシェットを客室乗務員に配られた記憶が残っていて、フライト中はほとんど寝ていたようで、降りてから、「せっかく飛行機に乗ったのに眼下に広がる景色を見ないなんて」と残念がられてしまいましたが、田舎の子供を飛行機に乗せてやり、パンダを見て、野球のナイトゲーム観戦をして、在京時に働いていた会社の社長の家に泊まらせてもらうという叔父の計画通りに、まずは電車で上野まできたのでした。
パンダについてネットで検索してみると、中国からやってきたカンカンとランランの二頭のジャイアントパンダが上野動物園に来園し、公開されたのは昭和47年10月28日、パンダを一目見ようという人たちの行列が西洋美術館を越えて2km以上になっていて、3時間以上並んで、30秒ほど見るだけだったそうで、人にもみくちゃにされて、押し流されて出されてしまったという感じでしょうが、それから9ヶ月経過した初めて迎える夏休みにも人は押し寄せてきていて、パンダ舎の前は、通路の中央に鉄の棒の仕切りがあって、子供が前方を進み、大人は後方を進むという見物方法になっていたため、こんな人込みの中で、はぐれてしまうと一生家に帰れなくなるのではないかと気が気ではなく、パンダを少し見ては、振り返って叔父の顔を確認する状況では、ただでさえ人にもまれて見られない上に、後ろから押されるままに歩くほかはなく、とりあえずパンダのような動物がいたのを確認しただけで、何が何やらわけのわからないうちに人の波から解放されたというのが実感でした。
6月に上野動物園で生まれたシャンシャンが一般公開されるのが12月19日からと知り、その前に父親のリーリーだけでもみておこうと考え、40数年ぶりに訪れました。
入場門からすぐのところにあるパンダ舎への入口に人影は見当たらず、パンダの説明などの掲示物をじっくり読みながら歩を進め、屋内のパンダ舎にリーリーの姿はなく、晴れていたので、屋外に出て、座り込んでひたすらタケを食べていましたが、見物する人は7,8人といったところで、見たいだけ見ていられる状況でしたが、座り込んでタケを食べているだけのパンダを見ているというのも次第に飽きてきて、とりあえず一回りしてくることにしました。
猛獣の低くうなる咆哮が聞こえてきて、制服姿の中学生たちと声のする方向に小走りで向かって行ったり、旧寛永寺五重塔の前で、品のいい中国人の夫婦に写真撮影を頼まれたりして、うろうろと園内を徘徊し、やはり動物の姿は美しくもあり、微笑ましくもあり、久しぶりにきた動物園で思いがけずかなり楽しむことができ、2時間以上も滞在していたことに驚きつつ入場門の方に戻ってくると、パンダのリーリーが数人の観客に見守られながら木製の遊具の上で横になって寝ていて、無防備に睡眠に入ってしまうのも野生動物としては欠点に違いなく、中国の山奥の原風景の夢を見ていたとしても、動物園で食って寝てのんびり暮らすのが一番しあわせなのではないかと思えてきました。