


谷崎潤一郎は東京・日本橋に生まれ、阪本尋常高等小学校から府立一中に進み、旧制一高から東京帝国大学に進学とエリートコースを歩むものの、学費未納で中退、文芸誌を創刊し、小説を発表、永井荷風に激賞されたことから、早くから文壇で新進作家として認められ、旺盛な創作意欲で次々と作品を発表しながら、関東大震災を機に関西へ移住、さらなる新境地を開拓して行きました。
当時の自然主義文学全盛の文壇において、谷崎潤一郎の作品は物語性を持ち、独自の美意識や世界観を展開していたために、反対の立場の作家も多かったようですが、文章の手本とされる志賀直哉の簡潔な文体や、自然主義作家の薄暗くじめじめとした愚にもつかない自分語りなどよりは、谷崎潤一郎の文章の方がはるかに魅力があり、構築する世界もひとつ間違えば、目も当てられない低俗に堕する危険性をはらんでいて、そのぎりぎりのところで芸術の高みに踏みとどめる才能は、人間の本性を凝視して、対象の本質を見極める目と、研ぎ澄まされた五感による言葉の使い方の巧みさにおいて、文章表現の極北を示し、さらには、芸術論や文化論においても高みを極めています。
谷崎潤一郎記念館では、秋の特別展として、「春琴抄」~<虚>と<実>の迷宮~が開かれていて、まさに虚と実をない交ぜにして、読者を迷宮へと誘い込む谷崎潤一郎の小説作法の一端がうかがえる展示でしたが、倒錯とか耽美とか一言で片づけられない無限の奥行きとめくるめく情愛の複雑さは、常人にはとても思いもつかない世界であり、どういう風に受け取っていいのか戸惑うばかりでもあり、その中に人間なら誰しもやってしまいかねない普遍性をも兼ね備えて、時代を超えて迫ってくる説明しようのない力には圧倒されるばかりでした。
谷崎潤一郎記念館の庭園は、素晴らしかったです。