


祇園に生まれた黒田辰秋(1904~1982)は木漆工芸家、漆や螺鈿で仕上げた茶器や香合などの小品から、椅子や飾り棚などの大作まで、素材の持つ美しさを生かしながら、これ以上でもこれ以下でもない究極の美しさのところで創作を終えたとしか思われない造形の数々で、おそらくは自然を見つめ、対話し、自分の中に取り入れ、自然に対する親愛の情と畏敬の念を持ちつづけ、道を極めた技術とともに作品に打ち込んだ気高い精神性が伝わってきました。
「これしかない」という形には、眺めていて飽きのこない均衡があり、流れるような曲線には遠い山々の連なりが感じられ、ゆらめきながらのきらめきには大きな海原が広がっていて、作品にはいのちが吹き込まれ、そこには時間が止まったかのような無限の宇宙が宿されているのでした。
京都の町の底力は、こうした巨匠の作品であっても普段使いにも用いられていることで、京都大学北門前の喫茶店にはテーブルセットがいまも使われ、祇園の菓子店には飾り棚や調度品がしつらえられているようで、暮らしの中に文化を取り入れるのが当然であって、価格が安いもので目先の身の回りをしのぐのではなく、ほんとうに値打ちがあって、大切にできるものを選んで、生活する場で常日頃から一級品に触れ、美や伝統をたしなみ、日々一流に接することで人間性を高めながらも、決して表に出さず、わかる人にだけしかわからない魅力をかもし出す、人も町も懐が深く、京都の人と町が一流を育み、京都の一流は、生き方そのものが「京都」という気がしてきます。
どんなに科学技術が進んでも、優れた芸術作品を生み出すのは人間であることだけは間違いないように思えます。