このところ「明るいニュース」として、将棋界の新星・中学生棋士藤井四段のデビュー以来負けなしの公式戦の連勝記録が注目され、連日報道されていますが、将棋の駒の動かし方くらいはおそらく男性であれば大多数の人が知っていても、将棋の世界、とくにプロの世界についてはあまり世間一般に知れ渡っているとはとても思えず、藤井四段の登場によって、にわかに脚光を浴びて過熱するという点が、スタンピートな日本人のメンタリティらしいと、苦笑いをともなって受け取られます。
将棋の世界にも変革が訪れていて、コンピュータソフトがトップ棋士を打ち負かすようになり、人工知能の方が強いというのがもはや定説となった感がありますが、これまで将棋などで強くなろうと志せば、定跡を学び、先を読む力をつけ、好敵手たちと切磋琢磨しながら、才能を伸ばし、大局観、直観を磨いて実力を蓄えて、頂点を目指す地道な努力の積み重ねであって、プロとなるには人並はずれた才覚に恵まれた上に、さらには努力しつづける資質と精神力が必要不可欠で、努力したからといっても、必ずしもそれだけで本懐を遂げられるとは限らない過酷な勝負の世界に身を置く「日本で数十人程度の天才たちの集まり」の場であって、本来、コンピュータとはまったく別の世界であって、勝負をするのはその世界の達人としてはやむを得ないとしても、勝つに越したことはないにしても、負けても仕方のない面があるように思え、人間同士の対局と、コンピュータとの対局とは別物と考えています。
将棋界、棋士の生活はおもに新聞社などからの対局料に支えられていて、新聞社は日本の文化でもある囲碁や将棋の普及を図るばかりでなく、棋譜を掲載することによって部数の確保をも期待しているのであって、棋士とすれば、全力を尽くしてその使命を果たし、新聞社がコンピュータの方が強いのだから、コンピュータ同士の対局を掲載しよう、とならないようにさらなる切磋琢磨をする必要があり、歴史と伝統を踏まえた礼節や作法といった盤上のみならず、盤側でのドラマを生むためにも、「人間力」といった面も要請されてきそうな気もしてきます。
コンピュータは、これまでの定跡、いわば常識に疑義を呈し、駒組みから戦いに至るという従来の戦法から、王を囲わず、広くしておくことで逃げ回る余地を残すといった新しい地平を切り拓き、将棋をさらに自由な発想でとらえられる面での功績もあり、おそらくは藤井四段の快進撃も、型を踏襲した上で、型を破って未知の領域に飛び出して行く、このような新しいとらえ方をすることで、旧来の勢力を刈り取って行くように考えられ、江戸時代からの歴史と伝統に風穴の開けられた過渡期という見方もできるように思います。
業界の発展には、変化をとらえて、対応する若い力が必要であり、将棋の世界でも証明された形となりましたが、人智を超えた人工知能にどんどん仕事が奪われる世の中の流れの中で、人間ならではの価値を生み出し、さらに幸福や満足を得られるような社会にして行くためには、これまでの固定観念にとらわれず、歴史や伝統を踏まえ、型破りに自由な領域へと踏み出すことでさらなる可能性が広がるように思えます。