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鹿児島市にはいたるところに銅像が立っている、という印象を受けました。
鹿児島中央駅前には、慶応元年(1865)に薩摩藩がイギリスに派遣した使節団4名と留学生15名の像がさまざまな姿勢で躍動する「若き薩摩の群像」と銘打たれた記念碑がそびえ立ち、市電に乗って天文館に向かう途中の高見橋のたもとには大久保利通の銅像が見え、天文館の近くのザビエル公園にはフランシスコ・シャビエルとやじろう、ベルナルドの等身大の像が立ち、照国神社には島津斉彬、島津久光、島津忠義の像が立ち、鹿児島といえばこの人ともいうべき西郷隆盛像も城山を背景に築山の上に軍服姿で仁王立ちになっていて、そのほかにも、天璋院篤姫や小松帯刀、調所広郷、平田靱負、岩永三五郎、川路利良、東郷平八郎、五代友厚といった全国的に名の知られた偉人たちの銅像があるそうで、郷土出身の偉人たちを敬うのは、郷土愛の表れでもあり、郷土を誇りに思う美徳のように受け取りました。
薩摩出身で、幕末から維新にかけて活躍した人が多いのも、小説やドラマなどで取り上げられる機会が多く、名前と事績が知れ渡る大きな要因にも思われますが、銅像制作という面からは、三重県出身ながら、東京高等師範学校卒業後、鹿児島大学に講師として赴任し、フランスに留学後、鹿児島大学教授としても後進を育成するかたわら、自ら精力的に優れた作品を生み出しつづけた彫刻家・中村晋也(1926~)の存在が大きく寄与しているようにも思えます。
繁華街の天文館、いづろ界隈には、近づくと音声が流れ出し、歴史の説明を聞くことができる「時標」が7ヶ所設置され、「大山巌、西郷従道、山本権兵衛」「樺山資紀、黒田清隆」「黒田清隆、山下兼秀」「坂本龍馬、お龍」「島津重豪、水間良実」「伊地知正治、吉井友実」「ウィリアム・ウィリス、高木兼寛」のそれぞれに銅像があり、バスの停留所のような史跡の解説板が建てられていました。
鹿児島の街並には、もはや幕末・維新の面影などどこにも残っていませんが、街を歩くことで歴史が浮き彫りになってくるような仕掛けには感心するとともに、とてもためになって面白く、日本で最初に殖産興業・富国強兵に取り組んだ「集成館事業」の先見性と進取の気象、西郷隆盛の「敬天愛人」の精神が、薩摩の地には受け継がれているように思えました。