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中国古典舞踊は5000年の歴史を持つそうですが、宮廷で舞踊が饗されたのは、史書に記された最古の王朝の夏とされ、二里頭遺跡を夏王朝と特定するならば、回廊に囲まれた宮殿構造が発掘されていて、宮廷儀礼の始まりとされているため、4000年近く前にはすでに歌舞音曲を専門とする職能集団がいた可能性があります。
その後の王朝でも連綿と伝統は受け継がれ、唐の時代、安定した政治が行われ、交易によって経済も繁栄し、それにともなって文化も交流して、花開き、8世紀初頭の盛唐期には、書や絵画、陶磁器などが最盛期を迎え、音楽や舞踊においても発展を遂げ、初唐期から設置されていた宮廷音楽を学ばせる「教坊」のほかに、玄宗皇帝が梨の植えられている庭園を音楽の教習所として新たに「梨園」を設けるなど、隆盛を誇るようになり、楊貴妃も容姿の美しさに加えて、歌舞音曲に秀でていたことが玄宗皇帝の寵愛を一身に受けた最大の理由でもあるようです。
現在の西安には、唐代の宮廷舞踊を毎晩上演している劇場がいくつかあり、そのうちのひとつ、唐楽宮では、70分ほどの唐舞踊と宮廷料理つきで400元、料理を食べながらショーを見る形式ではなく、まずは餐庁でディナーを取ったあと、劇場へ移って唐舞踊を見るようになっていて、劇場でもテーブルを前に座り、飲み物とつまみが出されました。
演し物の「大唐皇女」は一幕五場、舞台の両袖には、楽団のピットがしつらえられて、中国の伝統楽器が奏でられ、ステージ上では、モーションキャプチャによるCG映像が流れ、動きのある背景の中を、宮殿風の建物がせり出してきたり、大団円でヒロインが上る階段になったり、視覚効果も絶大な演出のもと、豪華絢爛な衣装をまとった宮廷人たちの舞い踊りが繰り広げられました。
現代の「教坊」や「梨園」で鍛錬・精進を重ねた踊り手たちの動きは軽やかでもありながら、確かな技巧に裏打ちされた情感のかもし出し方が卓越していて、セリフがなくても伝わってくる濃厚な感情が胸を打ち、武道のような荒々しい動作も幅の広さを感じさせ、華麗な表層の奥底に流れる人間の業の深さに、中国舞踊5000年の歴史の一端をうかがえました。