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乗るはずの飛行機が欠航になり、陸路で関西に向かおうと即断し、成田空港第3ターミナルから連絡バスで第2ターミナルへと戻ると、東京駅まで1000円と車体に書かれたバスが停車していて、まだ空席があるとのことだったので、とにかく都心に行こうと飛び乗りました。
東京駅の日本橋口に1時間ほどで到着し、彦根に宿を取ってあるため、高速バスで名古屋に行き、名古屋からは電車で向かうことにして、バスの切符を買いに行くと、すぐに出る「超特急」は時間がかかり、そのあとの「直行」の方が早く着くということらしく、昼食を取って待つことにしました。
昼食を終えてバス乗場へ行ってみると、JRバス関東の三菱エアロクイーンはすでに停車していて、4列スタンダードシートは指定席、空席はいくらでもあったので、後方の進路に向かって右側をリクエストするべきだったと後悔しました。
10人ほどの客を乗せて、対人無制限の任意保険がかけられた「新東名スーパーライナー13号」は、およそ350km先にある名古屋駅に向けて出発、帝国ホテルの横を通過し、霞ヶ関から首都高速道路に入り、快調に走りつづけ、車窓に富士山が見え始めると、右側に座っていた乗客は、スマホで音を立てながら写真を撮り始め、反対側から眺めるだけで、写真には収められず、残念な思いを抱えていると、足柄サービスエリアで15分の休憩をとるためにバスが停車し、降りて振り返ると、頂の上に雲がかかった富士山の雄大な姿がくっきりと見えました。
取り立てて珍しい風景でもなく、見慣れた景色でもあるのにもかかわらず、見ると気分が高揚してくるのも何とも説明のしようがなく、日本一高いからありがたいのではなく、独立峰としての気高さや、裾野にかけての均整の取れた姿の美しさが心に響いてくるように思えてきますが、こうした生きて行く上ではまったく必要でなく、どうでもいいことが、絵画や写真、あるいは文学などの才能のある人たちの芸術を生み出す原動力となり、ひょっとすると原始の人たちも、心が動いたそのことを伝えるために洞窟に顔料をなすりつけ、線を刻みつけたのではないかと思えてきて、どんなに科学が発達しようとも、飯を食って腹一杯になるだけでただ生きていればそれでいい、と達観するのはなかなか困難なように思えてきます。