


アメリカやロシア、中国などにも国立歴史博物館はあり、それぞれワシントンやモスクワ、北京といった首都にあって、国の成り立ちや歴史を明らかにしようと調査研究するのは、どのような国であっても当然に行われていて、その研究の成果を、国を代表する博物館で国の見解として展示するのが責務です。
日本の場合、歴史というと、とくに近現代において近隣諸国との軋轢があり、公式見解を述べるのが難しい状況にありますが、そういったことも影響してか、国立歴史民俗博物館が公開されたのは昭和58年3月とかなり遅く、博物館は国立大学法人法に基づいた大学共同利用機関であり、考古・歴史・民俗を三本の柱とした日本の歴史と民俗を調査研究する施設という位置づけのようです。
第6展示室・現代は、昭和6年の満州事変から敗戦までを「戦争の時代」とし、昭和20年から7年間を「占領の時代」とし、昭和30年前後を起点として1970年代までを「高度経済成長の時代」として、異なった3つの時代を「現代」というくくりで、「戦争と平和」というタイトルがつけられた)陳イ垢訥觜顱↓∧嫉里涼太検↓銃後の生活、だ鐓譴亮汰蝓↓ダ衫硫爾寮験茲泙任函◆崟鏝紊寮験莖很拭廚肇織ぅ肇襪つけられた々眦抃从兩長と生活の変貌、大衆文化からみた戦後日本のイメージとで構成されていましたが、あまりにも通り一遍の展示に拍子抜けし、とくに日清・日露戦争から、台湾・朝鮮を植民地化し、満州へと権益を拡大し、大東亜戦争へと突き進んで行ったことへの踏み込みの足りなさには少しばかり落胆し、国際社会の中で、欧米列強と渡り合って、日本国としての主張もあったはずで、表層のみをさらっと流しただけというのには何らかの配慮があったものと想像しました。
ものから見る歴史というのには、キワモノ的な面白さや滑稽さもあって、特集展示の「見世物博覧会」の展示には、インチキくさいものを制作するとか、からだを張った芸とか、真剣に観客の好奇心に訴えかけようとして、あれこれ考え、必死に取り組んでいた姿が浮かんできて、人間の不思議なものを見たいという欲求や、奇抜で信じがたいものをのぞき見たいという欲求が見世物という興行を成立させ、科学的に進歩したのが水族館や動物園であり、博物館でもあるように思えてきて、好奇心を満たすのは、いつの世も人間の楽しみのひとつであって、だから何なんだ、と突っ込まれたら、何も返答できず、ただへらへらと笑うほかないのも人間の所業という気がしてきました。