


庭に入って、まず目を奪われるのが、枯山水の白い小石の大海にかかる10mほどの阿波青石の橋で、独特の風合いを持つ美しさとともに、存在の重みの圧倒的な迫力を示しながら、まるで太古から当たり前にそこにあったかのような端正なたたずまいを見せていました。
さらに御影石(花崗岩)の切石橋を渡って、陰陽石を崇め、花崗岩のくりぬき井戸を見て、庭園内の一番高い場所でもある観音堂から全体を眺めると、青石などを豪快に組んだ護岸石の見事な心字池と、博物館の建物とその前に広がる芝生とマツやサツキなどの植栽が一望できました。
何よりも素晴らしいのは、樹木が繁茂してうるさくならないように、植栽がきわめて適正な量に抑えられていることで、枯山水や池泉の美しさが際立ち、豪壮な石組とも絶妙の均衡を保ち、御殿から眺めても、回遊しても、高台から見下ろしても、すべてが調和した景観が望めることができるように計算され尽くした構成、地割で、豪放磊落でありながらも繊細で優美という、細心の美意識が隅々にまで行き届いた魅力あふれる庭でした。
江戸の初期に作庭されたとされているそうですが、桃山時代には大変高価で、大名たちが権勢の象徴として好んで植えたソテツが17株あり、大胆にうねるように組まれた石の連なりには緊張感があり、圧巻の石橋には言葉を失わさせる存在感があり、大名庭園としては小ぶりの1520坪の庭園全体から立ち上る気迫には、身の引き締まるような空気が流れていました。