イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

三宮からバスで徳島に入り、徳島城址を振り出しに、高知、丸亀、今治、松山、大洲、宇和島とめぐり、宿泊は徳島、伊予三島、松山のビジネスホテル、松山から格安航空会社で関西空港に抜け、「乗り鉄」と「城攻め」を存分に楽しめた4日間になりました。
高知城と丸亀城、松山城にはかつて登城したことがあり、再訪となりましたが、江戸時代から残る建造物はやはり「ほんもの」で、四国のもうひとつの現存12城の宇和島城へは、行きたいと思いつづけていながらも、なかなか宇和島まで足を伸ばせず、今回ようやく訪ねることができたのには、宿願を果たしたようなうれしさがあり、三層三階の層塔から、心地いい風に吹かれながら、眼下に広がる足摺宇和海国立公園を望みました。
平成の城普請・大洲城も行ってよかったと思える素晴らしい城で、おもに市民からの寄付により、雛形や写真をもとに伝統工法を用い、往時の姿を忠実に復元した木造の四層四階の天守には、市民の熱い思いと匠の技が結集した誇りがぎっしりつまっていて、江戸時代ではおいそれと入ることすら許されなかった城内を、ためつすがめつ思う存分眺めながらうろつくことができ、城の価値は歴史の重みだけではなく、時空を超えて再建する築城技術の再現にもあるように思えました。
鉄筋コンクリート造で、外見だけを模して、場当たり的な展示物を申し訳程度に並べた郷土資料館にするというやり方も、とりあえず観光地として宣伝でき、役所の仕事としては満点であって、担当者は大満足なのでしょうが、「にせもの」をいくらこしらえたところで、愛着や誇りはわきあがってこず、城の形をしたつぶしの効かない建物の情報を確認しても心が動かされず、史実と風土を正確に踏まえた上で復元させてこそ将来へ残す意味があり、技術の伝承にもつながって、地域の宝となるような気がします。
城に限らず、食であろうと、芸能であろうと、地域起こしをどうせやるのであれば、「ほんもの」にとことんこだわり抜いてもらいたいもので、それが必ず訪れた人の胸を打ち、その人からさらに周囲にさざなみのように広まって行くものが、寄せては返す波のように地域に活性化をもたらし、ある程度の経済的な潤いをもたらされることで、将来に向かって、着実に歴史をつむいで行けるものと考えています。