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和歌山城西之丸は殿様にとっての英気を養う場所、数奇や風雅を味わい、楽しみの場でもあり、趣味を存分に活かせる場であって、紀州徳川家初代の頼宣は、浅野時代からの書院式茶室や庭園に満足しながらも、少しずつ手を加えて行ったのかもしれません。
虎伏山の斜面を利用し、滝石組を中心に、「上の池」の護岸に至るまで立石が多く据えられ、紀州の青石をふんだんに使った豪壮な石組には圧倒されます。
滝石組の落ちる先には「上の池」を掘り、柳島を浮かべ、橋をはさんだ内堀を大きな池に見立てた豪快なつくりですが、内堀側の釣魚殿風の「鳶魚閣」と「御廊下橋」に至る取ってつけたような景観には趣が感じられず、紅葉渓庭園は、滝石組の見事さに尽きるようです。
数寄屋造りの茶室「紅松庵」は、昭和48年の庭園整備を記念して、和歌山市出身の松下幸之助の寄付によって、昭和49年に落成したそうです。
歩きながら鳶魚閣や御廊下橋を望もうにも、木々が茂り過ぎて興を覚えず、庭園から天守を見上げても、植栽がうるさすぎて見栄えがせず、もう少し枝葉を伐採してもらいたいものだと思いました。