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常滑は焼き物の町、歴史は1100年頃の平安時代後期にさかのぼり、常滑を中心に知多半島の丘陵地に3000基ほどの穴窯が築かれ、焼かれた壷や甕などは、東北から九州にかけて、多くの中世の遺跡から出土しています。
江戸時代に入ると、高温で焼きしめる真焼物の茶器や酒器などの陶芸品も加わり、江戸後期には土管や朱泥茶器なども作られるようになって、明治時代になると、西欧の技術が伝わり、機械化が始まって、陶菅や焼酎瓶、煉瓦タイル、衛生陶器などの生産が始まりました。
常滑駅からは、日本六古窯のひとつでもある歴史ある町並みが散歩コースになっていて、大通り沿いにはさまざまな表情の招き猫が並んで出迎えてくれ、細く曲がりくねった坂道の両側には窯元の工房が軒を連ね、趣のある煉瓦煙突の見える風景が広がっていました。
観光の目玉としては、明治20年頃に築かれた現存する登窯として最大級の陶栄窯や、江戸時代から明治時代にかけて廻船問屋を営んでいた瀧田家住宅などがありますが、もっとも興を覚えたのが土管坂で、両手を広げれば届きそうな細い坂道の両側に、明治時代に焼かれた土管と、昭和時代の初期に焼かれた焼酎瓶が用いられて擁壁になっていて、路面には「ケサワ」と呼ばれる土管の焼成時に使用した捨て輪を利用して滑り止めにしてあり、焼き物の町ならではの風景で、焼き物の町としての矜持と愛情をしのばせる再利用法でした。
坂道を上り切ると、一戸建ての家屋の庭だけが開放されて休憩所になっていて、常滑の町を一望でき、遠くに海を望みながら、さわやかな風に吹かれました。