


全国で発売されていた「生活」に掲載されていたのは大正5年、北前船の隆盛は江戸時代から明治初頭にかけてとすると、少しばかり全盛期から遅れてしまっているのですが、北前船が斜陽となったのは、電信や郵便の発達により、地域間の情報格差がなくなり、地域による相場の違いでさやを取る商いの形態がうまく行かなくなったことと、鉄道の発達により、物資の輸送手段が鉄道に移ったことが大きな影響を与えられたと考えられるものの、当時としては、まだ栄華の日々の余熱が残っている時期であったのかもしれず、「富豪」が多かったのは確かだと思われます。
ただ、少々意地のわるい別の見方をすると、かつて大儲けをしていた船主が、時代の波に押し流されそうになっているのを取材してみようと企てたとも考えられ、最盛期は過ぎても、堅実に変化に対応しようとしている姿に、商人としてのたくましさやしたたかさを見出し、蓄積した富の豊かさも目の当たりにして、「日本一の富豪の村」として記事を書いたものと推測します。
時代はつねに変化して行きますが、今回、引札と船絵馬の展示を見て感じたのは、引札という宣伝・広告のチラシにもさまざまな店の創意工夫が凝らされ、個性豊かなセンスが光っていることと、船絵馬を奉納して航海の無事を祈った深い信仰の念には、時代を超えて、現在にも脈々と引き継がれていると思いがいたりました。
商人であれば、自分の店を少しでもアピールして、人目を引きたいのは当然で、そうして得られた利益から神仏に感謝の念を伝え、どんなに技術が進歩しようとも、どんなに科学万能の世の中になろうとも、こころの底に流れる思いは同じなのだと思えてきます。