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第68回春季関東地区高等学校野球大会3日目は、前橋敷島球場と高崎城南球場で準々決勝が2試合づつ行われ、ベスト4が出揃いました。
前橋敷島球場の第1試合は、横浜-千葉黎明、ともに一回戦を勝っての連戦となりました。
横浜といえば、高校野球に関心のない人でも、「松坂投手」や「PL学園との延長17回」が思い浮かぶでしょうし、「永川投手を擁して選抜初出場初優勝」や「愛甲投手と荒木投手との投げ合い」を思い出すかもしれず、毎年のようにプロ野球へ出身者を送り込み、大学や社会人で活躍している選手も多くいます。
横浜高校野球部は、昭和21年(1946)に創部し、昭和37年(1962)まで神奈川県大会ベスト4が最高成績でしたが、昭和38年に神奈川県大会で初優勝し、甲子園初出場、若狭、中京商、高田商に勝って準決勝進出、優勝した明星に敗れ、ベスト4、昭和40年に笹尾晃平監督の後任として、渡辺元智がコーチに就任、つなぎ役の監督は高橋輝彦が務め、昭和43年に24歳で監督に昇格したのち、昭和48年(1973)の選抜大会に永川投手を擁して初出場、小倉商、東邦、鳴門工、広島商を撃破して初優勝、翌年の選抜大会にも出場したものの2回戦で敗退、昭和53年(1978)に1年生の愛甲投手を擁して選手権大会に2度目の出場で1勝するも3回戦敗退、昭和55年、3年生になった愛甲投手を擁して、高松商、江戸川学園、鳴門、箕島、天理を破って決勝進出、荒木投手のいた早稲田実との点の取り合いを6-4で制し、3回目の出場で初優勝、昭和56年の夏は1勝して2回戦敗退、昭和60年春は1勝して2回戦敗退、平成元年夏は1回戦敗退、平成4年春も1回戦敗退、平成5年春も1回戦敗退、平成6年春は1勝して2回戦敗退、同年夏は1回戦敗退、平成8年春も1回戦敗退、同年夏は1勝して2回戦敗退、平成10年(1998)春は松坂投手を擁して、報徳学園、東福岡、郡山、PL学園、関大一を連破して25年ぶり2度目の優勝、同年夏も、柳ヶ浦、鹿児島実、星稜、PL学園、明徳義塾、京都成章を撃破して18年ぶり2度目の優勝、史上5校目の春夏連覇を達成、前年の明治神宮大会、この年の国体も制して、4冠制覇、公式戦44勝負けなしの偉業を成し遂げ、これは史上初の快挙、平成11年春は1回戦敗退、平成12年夏は2勝してベスト8、平成13年夏は3勝してベスト4、平成15年春は成瀬投手を擁して、盛岡大付、明徳義塾、平安、徳島商に勝って決勝進出するも、西村、白浜、上本らがいた広陵に敗れ準優勝、平成16年夏は涌井投手を擁して3勝するも、駒大苫小牧に敗れベスト8、平成18年春は、高浜、下水流、福田らが打ちまくり、履正社、八重山商工、早稲田実、岐阜城北、清峰を撃破し、8年ぶり3度目の優勝、同年夏は大阪桐蔭と1回戦で顔を合わせ敗退、平成20年春も1回戦敗退、同年夏は倉本、筒香らがいて、浦和学院、広陵、仙台育英、聖光学院を破って準決勝進出するも、大阪桐蔭に敗れてベスト4、平成23年春は1回戦敗退、同年夏は1勝するも3回戦敗退、平成24年春は2勝してベスト8、平成25年夏は1勝して3回戦敗退、平成26年春は1回戦敗退と、これまでに、選抜大会に15回出場して優勝3回、準優勝1回、23勝12敗、選手権大会にも15回出場して優勝2回、32勝13敗、甲子園通算は55勝25敗、国体に7回出場して優勝5回、明治神宮大会に3回出場して優勝1回と、輝かしい記録を残しています。
今年の横浜高校も、U-15日本代表の投手など、のちに大学、社会人、プロ野球と上の水準で通用しそうな選手が目白押しで、千葉黎明を寄せつけず、7-0と7回コールドで片づけましたが、神奈川県大会では、東海大相模を筆頭に、桐光学園、慶応義塾、平塚学園、横浜隼人、横浜創学館、桐蔭学園、日大藤沢など、さらなる強豪が待ち構えていて、勝ち抜くのが大変でも、何とか甲子園まで駒を進めてもらいたいものです。