イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

そもそも人類の祖先とは何か、と問われれば、簡潔に答えるのはきわめて難しく、直立歩行をしていた可能性のある最古の人類・猿人は、アフリカ・チャドで発見された約700万年前にアフリカの熱帯森林地帯にいたと推定されるサヘラントロプス・チャデンシスで、チンパンジーとヒトとの共通祖先なのか、別の進化をたどることになった分岐直後の人類なのか、論争中ではあるものの、最古級の猿人化石であるのは間違いなく、ケニアで発見された約600万年前のオロリンや、エチオピアで発見された約550年万前のラミダス猿人の亜種などの東アフリカから出土した猿人化石により、人類の発祥は東アフリカとされていたものが、アフリカ中部からと改められたとしても、人類アフリカ起源説を裏づけ、人類誕生後は、生息地域を拡大して行ったことが想定されます。
約400万年前になると、猿人・アウストラロピテクスは、森林とサバンナとを行き来しながら暮らし、樹上生活にもにも適応していたと考えられていて、約250万年前に、石器を作った可能性のある最古の人類アウストラロピテクス・ガルヒがエチオピアに現れ、現生人類と同じホモ族が約200万年前に登場すると、現代人とほとんど変わらない体形で、左手に素材の石を持ち、右手の敲石を叩きつけて鋭角を作るだけの石器を持って、サバンナを長距離歩いて狩猟採集を行い、約180万年前のホモ・エルガスターやホモ・エレクトスになると、素材の石から剥片を取り出し、加工した剥片石器を持って、アジアやヨーロッパの旧大陸へと移動を開始したのでした。
60万年前くらいになると、100回以上打撃を加えて、握斧や握槌のほか、円形や三角形、長方形の道具を作り出すなど、打製石器作りに格段の進歩を見せ、約20万年前に、アフリカのどこかでホモ・サピエンスが誕生、約10万年前になると、アフリカの洞窟で暮らしながら、精巧な石器や骨角器を作り始め、アフリカを出てヨーロッパへ渡ったのがクロマニヨン人で、先住の原人・ネアンデルタール人が絶滅後の唯一のヒトとなり、ホモ・サピエンスは2万5000年前までには中央シベリア、1万4000年前までにはシベリア北東端まできて、当時陸つづきのベーリング海峡を渡ってアメリカ大陸へと移動をつづけ、日本へきたのは約1万5000年前と考えられています。
太古の日本は、火山活動が活発で、生物がほとんど生息できなかったと考えられているものの、日本の考古学では、原人ホモ・エレクトスの時代を「前期旧石器時代」とし、新人ホモ・サピエンスの時代を「後期旧石器時代」と呼び、約1万5000年前は、旧石器時代の終わり、縄文時代の始まりで、縄文時代の前は先土器時代、日本での旧石器時代は、日本に人類が移住してきた9から8万年くらい前に遡り、約1万6000年前に終わったとするのが定説のようです。
世界で最古級の土器は、約1万6500年前に日本で作られたとされ、青森県の大平山元遺跡から出土し、青森県の三内丸山遺跡は、縄文前期から中期にかけての大規模集落跡で、同時期の世界の遺跡として、ストーンヘンジやクフ王のピラミッド、モヘンジョダロなどがあり、日本独自の文化として、世界的にも注目されている遺跡のひとつでもあります。