


約400万年前になると、猿人・アウストラロピテクスは、森林とサバンナとを行き来しながら暮らし、樹上生活にもにも適応していたと考えられていて、約250万年前に、石器を作った可能性のある最古の人類アウストラロピテクス・ガルヒがエチオピアに現れ、現生人類と同じホモ族が約200万年前に登場すると、現代人とほとんど変わらない体形で、左手に素材の石を持ち、右手の敲石を叩きつけて鋭角を作るだけの石器を持って、サバンナを長距離歩いて狩猟採集を行い、約180万年前のホモ・エルガスターやホモ・エレクトスになると、素材の石から剥片を取り出し、加工した剥片石器を持って、アジアやヨーロッパの旧大陸へと移動を開始したのでした。
60万年前くらいになると、100回以上打撃を加えて、握斧や握槌のほか、円形や三角形、長方形の道具を作り出すなど、打製石器作りに格段の進歩を見せ、約20万年前に、アフリカのどこかでホモ・サピエンスが誕生、約10万年前になると、アフリカの洞窟で暮らしながら、精巧な石器や骨角器を作り始め、アフリカを出てヨーロッパへ渡ったのがクロマニヨン人で、先住の原人・ネアンデルタール人が絶滅後の唯一のヒトとなり、ホモ・サピエンスは2万5000年前までには中央シベリア、1万4000年前までにはシベリア北東端まできて、当時陸つづきのベーリング海峡を渡ってアメリカ大陸へと移動をつづけ、日本へきたのは約1万5000年前と考えられています。
太古の日本は、火山活動が活発で、生物がほとんど生息できなかったと考えられているものの、日本の考古学では、原人ホモ・エレクトスの時代を「前期旧石器時代」とし、新人ホモ・サピエンスの時代を「後期旧石器時代」と呼び、約1万5000年前は、旧石器時代の終わり、縄文時代の始まりで、縄文時代の前は先土器時代、日本での旧石器時代は、日本に人類が移住してきた9から8万年くらい前に遡り、約1万6000年前に終わったとするのが定説のようです。
世界で最古級の土器は、約1万6500年前に日本で作られたとされ、青森県の大平山元遺跡から出土し、青森県の三内丸山遺跡は、縄文前期から中期にかけての大規模集落跡で、同時期の世界の遺跡として、ストーンヘンジやクフ王のピラミッド、モヘンジョダロなどがあり、日本独自の文化として、世界的にも注目されている遺跡のひとつでもあります。