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以前より行ってみたかった三内丸山遺跡と弘前城をめぐる津軽への旅がようやく実現しました。
2泊3日ですが、初日は小松空港を14時35分に出発する日本航空188便で、羽田で乗り継いで青森空港到着が19時45分、3日目の帰路は青森空港を12時30分に飛び立つ日本航空144便なので、観光できるのは中日の丸一日のみ、移動日ばかりで、ゆとりのない旅程ながら、三内丸山遺跡と弘前城にしぼって、どうにか満足できる旅になり、サクラを愛でるという風流な趣味などはもともとなく、できれば季節はずれに閑散としている中で、じっくり見て回るのが流儀ではあるものの、やはりたけなわの旬には人の心を突き動かず桁違いの魅力があって、弘前城といえば「さくらまつり」というのにも大いに頷け、三内丸山遺跡内のサクラもわずかながら彩を添え、どこへ行っても咲き誇るサクラに出迎えられる津軽の旅は、桜前線を追いかける結果となってしまいました。
三内丸山遺跡は、縄文前期から中期(約5500年前~4000年前)にかけて、1500年ほどつづいた狩猟採集漁労で暮らしを営んだ世界的にも稀有な集落跡であり、現在の日本人にも通ずる生活スタイルや風習、宗教観などが感じられ、四大文明は麦畑作や牧畜、稲作による農耕技術を持ち、富の蓄積の上に文化が花開きましたが、縄文人は当時、長江流域で発祥し、大陸から朝鮮半島まで伝播してきていた稲作をあえて選択せず、循環と再生という独自の自然観に基づいて、それまで同様の生き方を貫いたところに、「ガラパゴスは神代の昔からじゃないか」という気がしてきました。
弘前城は、「さくらまつり」以外に、形容のしようのない状態のサクラだらけで、弘前公園内には52品種約2600本のサクラが植えられているそうで、そのうちの65%のソメイヨシノでは、「日本最古」や「日本最大」があり、樹齢100年超えが400本以上とにわかには信じられない数字が並び、まさに「弘前公園は一日にしてならず」であって、連綿と引き継がれてきた歴史と伝統と文化には、言葉も浮かばず、ひたすら敬意を表するばかりです。
厳しい冬に耐えて、春を迎えて咲き誇り、潔く散るサクラは、入学や卒業、就職などの人生の門出や節目とも重なり、毎年同じように見えながら、若木もやがて老木となり、少しづつ変化しているのも人生と重なる点であって、サクラを愛でることは、人生を見つめることでもあり、いにしえより四季の移り変わりに鋭敏な感覚を研ぎ澄ませてきた日本人ならではの桜祀りであるように思えます。