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養老天命反転地は、案内によると、世界的に有名なアーティスト・荒川修作とパートナーのマドリン・ギンズによる30数年に及ぶ構想を実現した身体で直接体験できるアート作品で、メインパビリオン「極限で似るものの家」と「楕円形のフィールド」の2つの部分から構成され、「楕円形のフィールド」には「極限で似るものの家」から分割した9つのパビリオンが点在し、さらに対をなす丘とくぼみ、148の曲がりくねった回遊路、大小さまざまな日本列島などが作られ、訪れた人々が、身体を用い、バランスを取りながら、身体の持つ可能性を見つけることのできる場所、予想もつかない不思議と出会える空間だそうです。
荒川修作は、昭和11年(1936)名古屋生まれ、愛知県立旭丘高校卒業、武蔵野美術学校中退、昭和36年(1961)に渡米、ニューヨークに定住、1970年ヴェネツィア・ビエンナーレで「意味のメカニズム」を発表、1972年ミュンヘン五輪のポスターをデザイン、1994年岡山県奈義美術館に「偏在の場・奈義の龍安寺・建築する身体」を製作、1995年「養老天命反転地」を開園、2005年「三鷹天命反転住宅」を建設するなど、世界的に有名で、高い評価を受けている芸術家ですが、今回、養老公園を訪れることでその名を初めて知り、寡聞と不明を恥じ入るとともに、世の中には常人がまったく思いつきもしないような発想で、誰も真似できない作品を作り上げる偉大なアーチストがいることに仰天しました。
ありきたりではないものの、ここまで突き抜けてしまわれると、もはや理解とか共感とか、美しいとか面白いとか、ありふれた感想は一瞬にしてどこかへすっ飛んで行って、抜け殻になった頭の中で、言葉を懸命に探しながら、呆然自失になる寸前で、ようやく「こういうものなんだから仕方がない」とあきらめに似た境地に達し、迷路のような、とありきたりの表現を用いるしかない家の中をうろつき回り、転げ落ちそうな、とありふれた表現を使うしかない斜面を歩き回り、意を決して外周部分の細く狭いひとりが歩くのがやっとの通路に入って行くと、すれ違い困難にもかかわらず、対向して歩いてくる人たちがいるので、そのたびに横向きになって、背中をこすり合わせながらすれ違いましたが、案の定、運動路と名づけられた通路は行き止まりになっていて、身体の持つ可能性を見つける前に、進退きわまってしまい、「これがすんなり通り抜けられたら芸術ではないよな」と不合理きわまりない仕打ちにも妙に納得できる耐性がつき始め、景色のよさをしばし楽しんだあと、いまきた通路を引き返し、歩いてくる人たちに露骨に迷惑がられながら、またカニのように横歩きになってすれ違い、どうにかこうにか不自由から解放されました。
これは、千葉浦安にあるネズミがいるテーマパークや、大阪桜島にあるハリウッド映画のテーマパークなどよりも、よほど夢の世界であり、自分自身を基準にしても、ネズミやウサギが夢の城で歌って踊っている夢など見たこともなく、ハリウッド映画のような迫力のある夢とも縁遠く、どちらかというとナイトメアに近い目覚めのわるさも、現実によくあることなので、天命が反転するのかどうかはまったくわからないものの、リアルなドリームランドなのではないかという気がしてきました。
コンクリートの斜面から転げ落ちたり、柱だか壁だかわからないコンクリートの塊にしたたか頭を打ちつけたりすれば、身体のもっと深い部分でこのアート作品を体験することができたのでしょうが、まだまだ足腰が弱っていなくて、平衡感覚も失われていない上、注意力もそれほど衰えていないらしいことがわかり、わけがわからず、夢見心地で、笑うしかない感覚に脱力しながら、無事帰れたのが何よりでした。